雨音物語
雨月物語・・・読んだことないのですが
こんな話だろうと勝手に想像して書いてみました
私の妻が死んだ
まだ若く美しい女性で在り、命を落とすには早すぎだった
今の時代、夫婦は家事を分担するのが当たり前であろうが、
残念ながら私には家事の才能が欠けているようでよく妻からは
「わたしはは貴方の世話をすることに幸せを感じているし、貴方にはわたしのことで気を割いてほしくはないし、そうであればだれが家の用事をするのが一番か自ずとわかるわよね」
というふうにやんわりと家事から遠ざけられていたものだった。
彼女との出会いは大学のゼミでサブリミナル効果についての研究であった
私は視覚情報による影響を彼女は聴覚情報からの影響についての研究を専攻していた
私達はそこで意気投合し学生の内に入籍した。
大学を卒業した後は二人で起業しVRリラクゼーションソフトの開発を行い
それから数年、それなりの収益を上げることができるようになり
彼女は環境音研究者としてそれなりの名声を得るほどになっていた。
そんな折、彼女の病気が発覚した
彼女は気丈に振舞ってはいたが私への思いが心残りのようだった
私にしたところで、彼女を失うことは私自身の死と同等に辛いことだ。
ある日の事、食事の席で彼女は私に一つの提案をする
「人に影響を与える音というものは意外と些細なものだったりするものなの」
「今目の前にあるコップの水を飲んでみて」
私はすすめられるままに氷の浮かぶ水を口に運ぶが・・・
「どう?」
彼女は悪戯を成功させた子供の様に笑う
「美味しくなかったでしょう、氷が浮かんだ水だもの当然冷たいと思うわよね」
「でも、氷はプラスチック製・・・冷やしていたのはコップの表面に霧吹きで吹きかけた水だけ」
彼女が隠していたスマホをテーブルの上に出すと、スピーカーから水の中の氷が割れるような小さな音が聞こえていることに気が付いた。
「人は聴こえてくる音がその場にふさわしければ、それがどこから聴こえているのかをあまり気にしなのよ」
「これから私はわたしが出す全ての音を録音してAIに学習させるつもりよ」
「私の気配をこの家に。貴方との生活の中に遺しておきたいの」
この時の彼女の言葉の意味を私はよく理解できてはいなかったが、彼女の提案を断るつもりはなかった。
次の日から我が家の至る所に大小さまざまなマイクとスピーカーを二人で設置した。
但し彼女の仕事部屋だけは彼女一人だけで作業を進めていた
「ここだけは、私が死んだ後もこのままにしておいてね」
「私はずっとここにいるから」
結局これが彼女の遺言となった。
入院していた期間はさほど長くはなかった、
病魔というものがこれほど早く人の体を蝕んでいくものだと私は初めて知った。
あれからどれほどの時間がたったのだろうその頃の記憶はあいまいだった。
葬儀を済ませ、彼女を見送った後で、一人自宅に戻るのは辛かった。
喪服を脱ぐこともなくベットに倒れこむと眠りにつく、このまま目覚めることがなければいいのにと願いながら。
「貴方。もう朝よ起きて」
どこからか、囁かれる聞きなれた声に目を開けると寝室には誰の姿もない
「いつまでも眠っているわけにもいかないでしょ、さあ顔を洗っているシャワーを浴びて、朝食を取りましょう」
ドアの外から聞こえる声に私は慌てて飛び起き廊下へと出るがやはり人影はない
キッチンから微かに聞こえる足音に導かれるように移動するが結果は同じだった。
「いつまで、ぼーっとしているつもり早く顔を洗いなさいな」
背後からの妻の声に私はようやく彼女の提案の意味を知った。
私は妻を完全に失ったわけではないと安堵した。
彼女の気配を感じながらの生活は私にとって救いの日々と云えただろう
私の技術を使えば仮想空間内に妻の姿を造り出すことも容易であるが
その為には彼女の仕事部屋に入る必要がある、しかしそれは彼女の望む事では無いだろう
それに私の作為が入ってしまうと彼女の存在にノイズが混じってしまうような気がした。
友人が妻を亡くしてから数か月が経ち少し様子を見ようと訪ねてみることにした
二人は大学時代からの共通の友人でありそのオシドリ夫婦ぶりには胸焼けするほどであったが、
それだけに伴侶を失った友人の様子は気にはなっていた。
仕事柄リモートワークが多い二人であったが、今は一切外に出ることもなく全てオンラインのみで仕事をしているらしいといううわさを聞き、やや心配になったわけだった。
インターホンを押してから返事があるまで数分
彼が扉を開けるまで更に数分を要した。
事前に連絡を入れていなければ、留守と思い帰っていただろう
久しぶりに顔を見せた友人の姿はは変わり果てていた。
頬はコケ手足はやせてまるで針金のよう、それでいて下腹は風船のように膨らんでいる
まるで地獄絵図に描かれた餓鬼のようだった。
「君は誰だ?」
僕の第一声が失礼なものになったのも仕方ないだろう
兎に角。友人を有無を言わせず病院へ押し付けてくると直ぐに彼の家へと取って返す
扉にはオートロックがかかっていたが、インターホンを押す
「僕だよ。居るんだろう?開けてくれないか」
返事も確信も無かったが、待つ間もなく直ぐに開錠される音がした。
屋内に足を踏み入れると友人同様、変わり果てた光景が目に入る
夫婦で暮らしていた頃にここを訪ねた時には実に手入れの行き届いたモデルルームのような理想の環境であったが、テーブルの上にはデリバリーの食事が食べたままに放置され、ソファーにはクリーニングから戻った衣服が包装を外される事なく積まれている。
床は掃除ロボットが散らかったゴミを部屋の隅に追いやるのが精一杯のようだった。
腐敗臭の漂うリビングを横目に彼女の仕事部屋へと足を運んだ。
友人を家から連れ出すときに彼が頻りにその場所を気にしている様子だったからだ。
ドアノブに手をかけると
「やめなさい」
彼女の声だった、確かに部屋の中から聴こえてきた。
「此処に居るのか」
僕の声は震えていた、彼女の葬儀には参列している、
居るはずのない彼女の声に背筋が凍り付く思いがした。
「そのまま帰るなら何もしないわ」
「もうこの家には近づかないで」
彼女の声が警告するが、僕はゆっくりとドアを開ける。
生前の彼女の性格からいえば信じられない程に部屋の内部は騒然としていた。
部屋中に溢れ返ったハードウエアとスピーカーが不協和音を奏でている
エアコンから噴き出す冷気が辛うじて機材の放つ熱気を抑え込んでいる
ザーザーとスピーカーからあふれ出す雑音は雨音の様に僕の体に降りかかってくるようだった。
カチカチと歯の根が合わない程に寒気を感じた。
エアコンの設定温度が急速に下げられているのが解る
「この中のどれかが制御しているのか」
自分を奮い立たせるために敢えて言葉に出して云う
「カメラがないと視えないと思っているの」
「この家の中で在ればマイクが拾う音からだけでも、動きは十二分に予測できるのよ」
「もう一度だけいうわよ、帰りなさい」
彼女は繰り返し警告する
「親友が衰弱死するのを見過ごすことはできないさ」
「では死になさい」
背後からの耳元で囁くような声に思わず振り返った
あけ放っていたはずのドアを掃除ロボットが締めようとしているのが目に入る
「何をしている」
ただドアを閉めようとしているだけであろうに、その時、僕は過剰に反応してしまった。
密室にされることに恐怖を感じていたのだろう
ドアノブをつかんで開け放とうとするその手に強烈な痛みが走った
高電圧がかけられていると気付いたところで、感電により収縮しようとする筋肉はより強くドアノブを握りしめていく
「ガアァアアァァ――」
どれ程時間がたったのか、恐らくは10秒に満たないほどであろうが電気が途切れ
火傷した手のひらを胸元に引き寄せた動作の勢いでそのまま背後に倒れこんでしまう
床に散乱したスピーカーに身体が当たり痛みがあるが、
それ以上に感電した身体が自由に動かないことの方が今は問題だと解る
彼女の計算の内か、だとすればこの後はどうなると考える間もなく部屋中のスピーカーがハウリングじみた高音を奏で始めた。
「物質には共鳴する音域がある事は知っているでしょう」
耳元で彼女が囁く
「やめてくれ!僕が悪かったもう二度とここには近づかない」
「駄目ね、前から彼の横で親友面をしているあなたが気に入らなかったの」
僕の叫び声は暴力的な音量にかき消されていた。
皮膚が筋肉が頭蓋が内臓が意思に関係なく振動している、否させられている
全身に鳴り響く音がスピーカーからのモノか自分自身の叫び声か解らなくなった時
無音が僕に訪れた
もう何も聴こえない・・・
数日間入院を余儀なくされた私は、やや無理を言って退院する事ができた。
ようやく我が家にたどり着くと玄関のドアを開ける
「お帰りなさい、貴方」
優しい彼女の声が出迎えてくれる
「ただいま、連絡することもできなくて済まない」」
私はようやく安心できたのか急速な眠気に襲われる
「何だか疲れてしまった今日はもう休ませてもらうよ」
「そう、おやすみなさい貴方」
「おやすみ、また明日」
途中から友人の一人称が混じるのはどうなんだろう
彼女、AI?視点の一人称でまとめた方が良かったかも




