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SPRINT 08:オブジェクト回収のため訪問する

マリトは、パーセプモーション・テクノロジーのオフィスに、指定された16時に十分な余裕を持って到着した。

そして、その指定時間の少し前、オフィスの建物の一階に、米軍の士官が部下二人を伴って現れた。


彼女は、米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐。

年齢は42歳。身長は170cmを超え、ブルネットの髪を後ろに束ねている。

日に焼けた精悍な顔つきの白人女性で、帽子を被った制服姿だ。


ソラは両手に黒い手袋をはめ、大きなシルバーのスーツケースを引いている。

目の端に入っているその引き手を意識しながら、内心でつぶやいた。

いくら機密性が高いとはいえ、オブジェクト回収のために、こんな物騒なケースを平時の町中で運ぶのは気が滅入る。

万一のことがあったらどうするんだろうと怒りすら覚える。

――戦場で腕を吹き飛ばされた時の記憶が、否応なく脳裏をかすめる。


マイナス面ばかり見ても仕方ない。

ソラは思い直した。

この任務のおかげでコリーンに直接会って、この腕のお礼を言える。

そのことを考えると、この居心地の悪さにも意味があると思える。


ソラは、部下二名と共にエレベーターに乗り、九階で降りる。

出迎えたのはパーセプモーション・テクノロジーの友田社長だった。

「はじめまして。カーニクス中佐」


ソラは、手袋をしたまま握手を交わし、礼を述べた。

「今回は急な依頼に対応してくださりありがとうございます」

「危険な任務ではありませんが、万一にも皆さんにご迷惑がかからないように、部下二名も同行させてます」

部下の方にむけて軽く首を振りながらそう言った。


二名はどちらも軍服に軽量のヘルメット、小銃を肩に掛けている。

「こちらの巨漢は、アポロ・マウント一等軍曹」

そう言って、大柄の体躯を持つ黒人男性兵士を紹介した。

マウント軍曹は人懐っこい表情で軽く会釈した。


「こちらが、リサ・トレース軍曹」

ソラよりも少し身長が低いが、がっしりした筋肉質の東洋系の女性兵士を紹介した。

彼女は表情を変えることなく会釈した。

「ふたりとも私とともにいくつもの戦場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者です」


ソラは部下の紹介をしながら思った。

この人物が、古楠教授の後任――

なるほど、噂通り、やり手だということが、振る舞いから見て取れる。



「部屋はこちらです」受付を廊下を通って、奥の方にある部屋まで案内された。

手前にある大きな部屋は社員が働いているメインオフィスのようだが、今日は全員を休ませているのか、社員の姿はない。

このような厄介な任務がある以上、休ませるのは妥当な判断だと思う。


社長に続いて部屋の入り口に立ち、内部を見渡す。

部屋の中央にソファーが置かれており、応接室としてはやや広めの印象を受ける。

窓は床から天井まで一面のガラス張りで、大通公園の向こう側に立ち並ぶビル群が見渡せた。


狙撃の心配がない平時のオフィスとはいえ、正直なところ、この場所は落ち着かない。

部下の男性兵士が先に部屋に入り、ブラインドを閉めるのを待って、ソラも足を踏み入れる。

女性兵士は、ドアの外で待機させた。


右手の壁には、スチール製の大きなキャビネットがいくつも並んでいる。

廊下側の壁には額に入ったポスターが二枚。

ひとつはゲーム、もうひとつはアニメ映画のもののようだ。

どちらも、機械化された腕や脚を持つサイボーグが主人公のもので、パーセプモーションが作品制作に協力したと聞いたことがある。

米国でも話題になった作品だ。


「ソラ」――聞き覚えのある声をかけられて、ソラは戸口の方へ顔を向けた。

そこには二十代の男女が立っていた。

女性は五年ぶりに見るコリーン。隣の男性には見覚えがない。


コリーンが口に手を当て、驚いたように声をあげる。

「なぜ、あなたが?」そう言うや否や、

彼女は駆け寄り、泣きながらソラに抱きついてきた。


……泣いている?

そうか、ご家族を失ったショックが、まだ癒えていないのだな。

私を見てそのことを思い出したのだろう。

「お父様はじめ、ご家族のご不幸には、私もとても悲しく思っています」

そう言いながら、ソラはやさしく抱きしめ返し、彼女が落ち着くのを待った。


「この腕はあなたが設計したものだったのですね」

「私に生きる喜びを再び与えてくれて…本当に感謝しています。ありがとう」

コリーンは、ソラの腕の中で小さくうなずいた。



ソラの脳裏に、七年前の記憶がよみがえる。

アフリカ某国での反政府軍との交戦――。

その時、ソラは負傷して両腕を失った。

だが、古楠教授の設立したベンチャー企業で開発された、先端義手によって、日常の生活を取り戻すことができた。


その後、彼女は傷病兵支援研究機関に移籍し、古楠ファミリーとは家族ぐるみの交流が続いた。

当時ハイスクールの学生だったコリーンが、ひとり息子のジェイミーと遊んでくれた記憶が鮮明に残っている。


そして数年後、古楠ファミリーが日本に戻った後に、自分の両腕を設計したのが、他でもないそのハイスクールの少女・コリーンだったという事実を知った。


負傷からの回復後、義手でジェイミーを再び抱きかかえたとき、彼のぬくもりと重さをこの腕で感じられた。

そのときに湧き上がった喜びは、今でも身体と心にしっかりと刻み込まれている。


コリーンがその後、米国に入国できなくなったことで、感謝の想いを伝えることができなかったことが、ソラには長年の心残りだった。

それが、こうして直接「感謝」を伝えることができた今、任務はこれからであるにもかかわらず、ここを訪れた目的の大半は、すでに果たされたような気さえしている。



「積もる話はまたの機会にしましょう」

そう言って、抱きしめているコリーン腕をそっと離した。

「ところで、こちらの男性は、関係者の名簿には記載がありませんでした」

「紹介していただけますか」

そう問いかけた。


コリーンに代わって社長が口を開いた。

「彼はサワ・マリト、コリーンと一緒に古楠研究室に所属していました」

「そして――『MD粒子波の再励起現象』、別名『トモダ=サワ効果』の発見者でもあります」

サワと紹介された青年は大きくうなずく。


なるほど、それなら話を聞いてもらうだけの資格はある。

ソラは心の中でうなずいた。


四人はソファに腰を下ろす。

奥側のソファに窓側から順に、コリーン、友田社長、マリト。

ソラは対面のソファに、背筋を伸ばしたまま浅く座る。

男性兵士が、立ったまま少し離れて背後に控える。


「本日は、重要オブジェクトの回収にご協力くださり、ありがとうございます」

「……ミス古楠にはサプライズになってしまったようで、申し訳ありません」


「この任務は、本来、このように私が直接お伺いする予定でしたが――」

「私の部署が運営を委託している旭川の施設で発生したシステムトラブルの対応に追われて、同僚に代理を頼んでいたのです」

「それが、昨日になってそのトラブルが解決したということで、結果的に、私が予定通り来ることができました。…これは本当に幸運でした」


コリーンの顔面が蒼白になっている。

先ほど会ったときから、明らかに様子がおかしい。

何か想定外のことが起きているのか?


危険の兆し――戦場で鍛えられた感覚が、警鐘を鳴らしていた。

この任務は平穏なものではない。最初から、そうだったのだ。

どんな事態にも対応できるように。今この瞬間から戦闘態勢だ。

ソラは、心を引き締め直した。


#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.

なんだか物々しくなってきました。

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