表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

SPRINT 07:狙撃者は向いの建物に待機する

マリトが東京湾岸の母校の研究室を離れ、空港に向かっているちょうどその頃、大通に面した高層マンションの前に、千歳方向から来た黒いバンが停車し、中から一人の男が降り立った。


細身ながら、がっしりした体躯の長身。黒い帽子を深くかぶり、グレーのダウンジャケットを着ている。

大きなシルバーのスーツケースを車から降ろすと、雪が舞う中を無言でマンションのエントランスへと向かう。


スマートフォン状の端末をかざすと、エントランスの自動ドアが静かに開いた。

そのまま中に入り、奥にあるエレベーターで九階まで上がる。

廊下を進み、一室の前で立ち止まる。

再びスマートフォン状の端末をかざしてドアのロックを解除して、男は部屋の中に足を踏み入れた。


男は靴を履いたまま屋内に上がり、まっすぐベランダに面した窓まで進む。

カーテンをわずかに開き、外を眺める。

正面に、雪にけぶるように、白くぼやけたビルが見える。

ちょうどパーセプモーション・テクノロジーが入っているフロアだ。


男は無線機を取り出して、短く報告を入れる。

「目的地に到着。これから準備を開始する」

「了解」無線機から応答が返る。


「現地の配備は計画通り。住人は明後日まで戻らない」

「繰り返すが、民間人は決して傷付けないように」

「この任務全体の目的は、義手の入手と民間人女性の確保だ」

「君の役割はそのための陽動と敵戦力の可能な限りの排除だ。深追いは必要ない」

「了解」男は再び短く答えた。


計画に変更なし。

上々の滑り出しだ。

住人が戻ってきたら、この部屋は立ち入り禁止になっているはずだ。気の毒に。

そう考えながら、男は感情のこもらない笑みを浮かべた。


男はあらためてベランダに出て、眼下を見下ろした。

雪をまとった木々の続く大通公園が左右に広がる。

目に入るだけでも二十台以上の車が行き交っていた。

子供連れの歩行者、観光客らしき人々が、雪を残す公園内を思い思いに歩いている。


ベランダの柵は細い作りになっており、窓を開ければ屋内からの狙撃が可能――

男はそう結論づけると、スーツケースを床に置き、大小様々なものを取り出し始めた。

ライフル、三脚、照準システム――

それらを無言で組み上げ、一通りの動作確認をすると、静かに目を閉じ、所定の時刻を待った。


16時30分。アラームの振動で男は目を開ける。

「さて、状況開始だ」

そうつぶやいた。


窓際には三脚に据えられた、銃身の長いライフル。

その前方の床には、ノートPCが画面をこちら側に向けて置かれている。

ケーブルが照準ユニット下のポートに接続されている。


PCの画面には、六つの映像が分割表示されていた。

二つの画面には、大通りを挟んだ向かい側――照準器から見た、窓の外からのパーセプモーションテクノロジーの応接室が移っている。

残る画面には、三カ所の異なる角度から応接室内部を映している映像。

残る一つには、それらから合成された映像が映っている。


男は静かに画面をなぞり、順番にそれぞれの映像に触れていく。

すると各画面に、赤い十字型のマーカーが表示される。


それぞれのマーカーはいずれも、応接室の壁に掛けられているアニメ映画のポスターに描かれている主人公の額の上に浮かんでいる。

次いで、画面上にポップアップしてきたダイアログの『OK』をタップ。


窓を20センチほど開ける。

冷たい空気が室内に流れ込んでくる。

カーテンが揺れないよう、端をテープでしっかりと留める。


ライフルのそばに戻ると、タブレットで作戦内容を再確認する。

自分の任務は、部屋に突入する別働隊のための陽動および援護。

重要なのはタイミングだ。

義手が現在保管されているセキュアストレージから取り出され、動作確認の後、移動用ストレージに移されるのを阻止する。

それが最優先の目的だ。


ターゲットの写真を確認する。

主ターゲットである、ターゲットアルファは米軍の女性士官だ。

あと護衛の兵士二名。

ガード1とガード2が、男女ひとりずつだ。


全員が武装しているが、彼らの装備ではこちらに反撃は届かない。

強固な遮蔽物もない。イージーターゲットだ。

可能な限り、彼らを短時間で無力化する。


注意すべきは、民間人の二名。

プロテクト1とプロテクト2は、20代前半の女性と、40代後半の男性だ。

写真にはそれぞれの顔がはっきり写っていた。

彼らは作戦上の最重要人物であり、絶対に傷付けてはならない――そう明記されていた。


男はヘッドセットを装着し、状況の報告を指示する。

屋外上空でホバリングしているドローンから、リアルタイムでデータが送られてくる。

外気温、摂氏5度。南東の風。風速5メートル。

ターゲットまでの距離、148.5メートル。

次々に情報が伝えられてくる。


狙撃支援AIがドローンのセンサーとカメラの映像を統合し、かつては人間のスポッターが担っていた役割を果たしている。

「この調子だと、じきに狙撃手までいらなくなるな…」

男はつぶやいた。


片膝を立て、左肘をその上に添える。

右腕でライフルを構え、スコープを覗き込む。

OK。これで準備完了だ。


現地警察が通報を受け、こちらを発見、到着するまでおよそ五分間。

初弾発射から撤収完了まで、最大でも三分間で収める必要がある。

男は静かに、指示を待った。


#STATUS: RISK GROWING. UNNOTICED.

危機は気付かれないまま静かに進行をはじめました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ