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SPRINT 06:指示に従い腕を回収する

「先輩、大丈夫ですか?」

コリーンの心配そうな声が、骨伝導で伝わってくる。

「少しめまいがしただけだ」

マリトが答えると、コリーンの声が続けた。

「先輩の生体認証コードは登録してありますので、そのまま入室できます」

マリトが手をかざすと、ドアが横に滑って開いた。

中へ進むと、背後でドアが静かに閉まった。

その先には、さらにもう一つドアがあり、別の認証を求められる。


――まったく、冗談みたいに厳重だな

心の中でつぶやきながら、マリトは次の認証も通過し、室内に足を踏み入れた。

自動でドアが閉まり、明かりが点灯した。


室内は大きめの会議室くらいの広さの細長い形をしており、右側面にはスチール製の棚とキャビネットに囲まれている。

棚の中には何に使うのか見当も付かない装置類が、所狭しと置かれている。

奥には、八面のディスプレイがマトリクス状に設置された広めのデスクがあり、大きな窓があり、外が見える。

一瞬、地上に戻ったかと思ったが、すぐに投影画像だと気付く。


ブーンという小さな低い音が部屋全体でかすかに響いている。

左側面の壁には、ラックに設置された多数のコンピュータらしき装置が並び、無数のLEDが光を明滅させている。


「……この部屋、まだ生きているんだ」

マリトは小声でそうつぶやいた。


「そうなんです。先輩」

コリーンの声が、足元から聞こえた。


と同時に、何かが右足のふくらはぎに触れる。

「うわっ」

思わず声を上げ、飛び上がるように振り返って下を見た。


そこには、30センチくらいの高さで、直立した熊のぬいぐるみがいて、マリトと目が合った。

なぜか軍隊の士官の制服らしいものを着用している。

マリトはしゃがんで目の高さを合わせると、熊に向かって聞いた。

「コリーン……なのか?」


熊のぬいぐるみは軽くうなずいた。

「はい、先輩」

「こちら、私のアバターです」

熊のぬいぐるみは胸に手を当てながらそう言った。

骨伝導の音声インターフェースだけとは違って、本人と対面で話をしているような気になるのが不思議だ。


「話しているのは私ですが、動きはAIが空気を読んで、良い感じにつけてます」

――コリーンに彼女の研究テーマを尋ねたとき、『電子ペットのAI版』と言っていたが、こいつのことか。

マリトは、以前の会話を思い出した。


「ようこそ、私の部屋へ」

「『私の部屋に入った男の人は、先輩がはじめてです。』て言ったら…ドキドキします?」

「はいはい、意味深な感じで言わないの。女の人だって、ここには誰も入ったことないでしょ」

「それに、この技術オタク部屋の、どこにドキドキ要素があるんだよ!」

「さっきはドキドキどころか、心臓止まるかと思ったわ!」


緊張が一気に抜けてしまったマリトは、苦笑しながら熊のあたまを軽くこづいた。

「あー、いま殴りましたね」

腕をクロスして抗議してきた。

「いじめ、ダメ、ゼッタイ」


マリトは苦笑しながら、わかったというように、軽く数回うなずいた。

「時間もないので、本題に入ろう」

「そうですね。ではガイドするので、アバターを先輩の肩に座らせてください」

熊の首根っこを持って、持ち上げて自分の肩の上に置くと、立ち上がった。

内部はロボットのような機械のはずなので、それなりの重量があるのではないかと想像したが、意外なくらい軽かった。


熊が腕を上げて進行方向を指し示す。

「右側の壁に、キャビネットが四本並んでいますが、一番奥に進んで下さい」


マリトは、指示どおりに移動する。


「はい、ここです」

「ショルダーバッグを床に置いてください」

「そして、下から一段目のドロワーを引き出してください。先輩の生体認証で開きます」


指示に従って、マリトはドロワーを引き出して開ける。

だが、中にあったのは、彼が予想していた「右腕」ではなかった。


中には、頑丈そうな金庫のような長方形の筐体が、しっかりと固定されていた。

その上面には、縦20センチ・横40センチほどの光沢のある黒いプレートがはめこまれている。


「……なんだこれは?」

「はい、さらに一段、機密レベルの高いセキュアストレージです」

「左手を黒いプレートの左側に置いてください。掌紋認証を行います」

「認証が通ると、五分間の操作猶予が与えられます。その間にこれから伝える確認コードを入力してください」


「間に合わなかったらどうなる?」

熊は両手を拡げて、のけぞりながら言った。

「ドカンと爆発…しません」

――うん。しないよね

思わず心の中でツッコミを入れるマリト。


真面目に取り合ってくれていなさそうなマリトに、

熊――コリーンは、不服そうに続けた。

「爆発するタイプも本当にあるんですよ」


「これは国内仕様なんで、そこまではしてない、いうことなんです」

軽く関西なまりが入る。

「サイレントアラートが届いて、警備チームが駆けつけます」

「警備会社の警備員ということ?」

「まあ、だいたいそんなところです。もう少し重装備の人たちですが……」

――これ以上の追求はやめておこう。


「同時に、内部にデータ消去用のガスが放出されて、内部のデータが不可逆的に破壊されます」

――なるほど。このバッグと同じ仕組みか。


「本来なら、物理的な破壊――大きな衝撃と熱で吹き飛ばしてしまうのが望ましいんですが、日本では設置許可が下りません」

「妥協の産物いうわけです」

「米軍が運用しているものは、そうした制約が一切ないんで、見かけたら近づかんほうがいいですよ」

――まじか


「それこそ、義手が必要になりそうだね」

「そんなもんじゃ済みません」

熊が首を振りながら答えた。

……そんなものに出くわさないように祈るばかりだ。

マリトは肩をすくめた。


「この熊をそのドロワーの上あたりに乗せてから、先輩の左手をプレートに載せてください」

「士官同席でないとロック解除できない仕様なんですが、この子には士官用のバイオチップのダミーが入ってまして……」

――これも聞かなかったことにしよう。


マリトが指示通りに左手をプレートに載せると――

白い光のラインが走り、中央部にキーボードが、右側に 3×4 のマスが現れた。

しばらくすると、そのマスの上部に赤い文字で『5:00:00』と表示され、カウントダウンが始まる。


耳元で教えてもらいながら、コードを打ち込む。

『ELP SYK ONG ROO』

「どこかで見たことがある気もするけど、これ、何か意味のあるコードなの?」マリトは尋ねた。

「……特に意味はないです」


マリトがエンターキーを押すと、円形の開口部が開いて、アクリル製の円筒がせり出してきた。

透明の容器の中に、その中に「右腕」の義手が収納されている。

皮膚のような外装はなく、金属製の骨格だけの義手だ。

肘から指先までまっすぐと伸びた状態で、精緻な構造が露わになっている。


「ターミネーターか何かの映画のシーンで似たようなものを見た覚えがあるんだけど…」

「はい。参考にして作りました。オマージュです」

……彼女が気に入ったものを詰めこんだ部屋というわけか。

マリトは思った。


腕の中央部には、先ほどのストレージにあった操作パネルに似た、黒いプレートが取り付けられている。

「これ、昔、実験で使っていたやつだよね?」

「はい。そうです」

「研究室の隅のテーブルの上に置きっぱなしになってたやつ」

「はい」


「今は、なんでこんなに厳重に管理されているの?」

「そうですよね。びっくりですよね」熊がうなずく。

「まあ、時代の変化ということで理解してください」

――理解も納得もできないが、説明する気がないことはわかった。


「まず、容器ごと抜き出してください」

マリトは円筒の容器を抜き、腰を落として、静かに床の上に置いた。

「次に容器に付いている黒い噴霧器をねじって外してください」

指示に従って噴霧器を取り外す。


「次に、ショルダーバッグの格納ケースを開けて、透明容器から腕を引き出してその中に入れてください」

ショルダーバッグの横に膝をついて、昨日、コリーンの行った操作を思い出しながら、腕時計をかざしながら、ボタン操作で格納ケースの開口部のロックを解除して開いた。


そして、円筒の容器から腕を引き出そうとしたそのとき――

刺すような頭痛と、ものが二重に見える錯覚に再び襲われた。


思わず声が漏れるが、すぐに収まった。これで二回目だ。

「先輩、どうかしました?」

肩で熊が尋ねる。

「いや、なんでもない」


改めて中から腕を引き出して、格納ケースの中に丁寧に収め、開閉口を閉じた。

立ち上がって、透明の円筒容器をドロワーに戻して、開閉ボタンをタップする。

容器は音もなく奥に沈み、丸い開閉口が自動的に閉じた。

ドロワーを押し込むと、義手を入れてさらに重くなったバッグを担ぐ。

回収完了だ。


出口まで見送りに来てくれた熊のぬいぐるみに「じゃあ、また午後に札幌で」と声をかける。

ぬいぐるみAIは、空気を読んで、敬礼で応えた。


#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.

ますます怪しさを増す秘密研究室。そして、ついに本作でこの先、重要な役割を果たす『右腕』との対面です。

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