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SPRINT 04:腕回収の依頼を受ける

「先輩に回収してもらいたいのは『腕のプロトタイプ』です」

ラーメンを食べ終えたコリーンが、静かに口を開いた。

マリトには思い当たるものがあった。

「『腕のプロトタイプ』って、大学の研究室の研究の実験で使っていたあれのことか?」


二人が在籍していた大学での研究室では、AI研究の中でも、人間の知覚・判断過程のモデル化とその応用に関する研究を中心に扱ってきた。

その中でも、コリーンの父である古楠教授は、ブレイン・マシン・インターフェースによる義手開発の第一人者として知られていた。


特に米国では、彼の研究成果を基に、軍事作戦で負傷した兵士のための高性能な義手・義足を開発する企業を複数立ち上げており、この分野において世界的なリーダーと目されていた。

パーセプモーションも、日本における非軍事技術の開発拠点として、教授が立ち上げた会社である。


教授が事故で亡くなってから、義手・義足の研究は大学の研究の主軸からは外れていたが、マリトやコリーンが在籍していた当時は、研究用プロトタイプを使った実験が頻繁に行われていた。


「はい。それを、明日の16時までに届けてほしいんです」

「え?あれ、大学の研究室にあるんだよね。東京まで行って、明日中に戻ってくるのはかなり厳しいんじゃないの?」

「まだ、千歳からの飛行機はあるので、それで東京に向かってください」


「チケットは用意してあります。ホテルは汐留に取ってあります」

『随分手回しがいいんだな』とマリトは思った。


「大学だけど、春休みだから開いてるかな。会社も明日は、機器のメンテナンスとかで、全員休暇じゃなかったっけ?」

「はい。明日お休みなのは、この件のために調整されたものなんです」

「本当は私が取りにいくつもりだったんですが、どうしても動けない事情があって……」


「回収には、今持ってもらっているバッグを使います」

「手順を説明するのでバッグをこちらにください」

マリトはバッグを渡しながら言った。

「これ、やけに重いね」

「はい。中身が入るともっと重くなります。すみません」

そう言って、バッグを受け取ると膝の上に置いた。


バッグ上部のジッパーを開くと、中にしっかりした金属製の円筒形のケースが現れた。

小さなグリーンのパイロットランプが光っている。

自分のバッグから金属製の小さなものを取り出し、格納ケースにかざした状態で、ロックボタンを押した。

するとパイロットランプが赤くなり、カチリと音がした。


格納ケースの上部をスライドさせると中が空洞になっている。

「この中に、回収した右腕を入れて閉じてください。ロックがかかります」

そう言いながらスライドを閉めて、ロックボタンを押した。

再びカチリと音がして、パイロットランプはグリーンになった。



「では、時計を付けているほうの腕を出してください」

マリトは言われるまま左腕を出した。

「時計、外してもらっていいですか」

言われたとおりに腕時計を外すと、コリーンは手に持っているスマートウォッチをマリトの手にすばやく装着した。


そして、うなずきながら言った。

「なかなか似合ってますよ」

そのスマートウォッチは、継ぎ目のないスタイリッシュなデザインだ。

――だが、これは一体何に使うんだ?

と、マリトが疑問を口にする前に、先回りするようにコリーンは言った。


「大切なことをお伝えします」

「この装置は、盗難防止のためのものです」

「その時計が近くにないと、この格納ケースの開け閉めできません」


なるほど、最近の車のスマートキーのようなものか。でもあまり安心できる気がしない。

「でも、バッグごと盗まれて、破壊されてしまったら意味なくない?」

マリトが疑問を口にすると、コリーンは真剣な表情で答えた。

「はい。とても重要なことなんですが……」

「このバッグは、時計から二メートル以上離さないようにしてください」


「もし、二メートル以上離れると――」

「バッグ内部に充填されたガスが放出されて、格納されている腕の内部データを化学的に不可逆的に破壊します」

「バッグからガスは漏れない設計なので、その後、運んでも危険はないので、安心して下さい」

――少しも安心できないんだが……


「えっと、飛行機の荷物には……」

「預けないでください」


「でも、重量オーバーとか手荷物チェックで引っかかると……」

「検証済みです。引っかかりません」


「トイレに行くときは……」

「一緒に行ってください」


「風呂は……」

「バッグは防水なので洗い場まで持って行ってください」

「湯船には浸けないでください」

――さすがに一緒に入らないよ。


「時計は……外しても?」

「外せません」


「え?」

改めて見ると、継ぎ目がない。どうやって外すんだ、これ?

「外すには鍵が必要です」

「鍵…… ?」

「私が持っているので大丈夫です」

――いや、ちっとも大丈夫じゃないぞ。


説明はさらに続いた。

「大学に着いたら、連絡してください」

「スマホじゃなく、こちらを使ってください」

そう言って、メガネを取り出した。

――スマートグラスか。

この会社でも開発製造しており、マリト自身も使っているが、通常のものとは少し見た目が違うようだ。


手渡されたメガネを掛けながら聞いた。

「あまり見かけないデザインだね」

「はい。特別仕様です。骨伝導で私と話ができます」

「基本的には常時モニタリングしてますが、顎の下あたりで指をタップすれば、私に話をしたいという意図が伝わります。


――いま、しれっと気になるキーワードを言ってなかったか。

「ちょっとその「モニタリング」って何するの?」

「はい。周囲三メートルの状況を、光学的・電磁的にリアルタイムでセンシングします」

――まじか。


「ちょ、ちょっと……私のプライバシーは……?」

「本当にごめんなさい。こんなこと、先輩にしか頼めなくて……」


思わずのけぞる。

それを言われると断れないじゃないか。


「外さないほうがいいんだね」

「はい。寝るとき以外は付けていてください」

「モニタリングしているのは私だけなので、心配いりません」

――心配しかないわ!


あんなことや、そんなこととか…全部、見えるってことじゃないか。

少なくとも、今日一日は品行方正に過ごそう。

風呂も今日は我慢だ。

トイレも目をそらしながらだな。


観念したマリトは、深く息を吐いて改めて言った。

「わかったよ。コリーンの助けになるというなら、全力で対応するよ」


そう答えながら、頭のどこかでかすかにアラームが鳴っているように感じていた。

とてつもなく厄介なことに巻き込まれつつある――その予感が拭えなかった。

顔を上げると、カウンターの奥にあるウサギのフィギュアと目が合った。


#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.

掛け合い漫才状態になってますね。こっちのヒロインもかなり癖のあるタイプだということが明らかになりつつあります。すこしずつ、非日常の足音がしてきました。

次に舞台は東京に移ります。

この辺りで、よろしければ「いいね」をいただけると有り難いです。よろしくお願いいたします。

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