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SPRINT 02:学生時代のことを思い出す

マリトは学生のころのことを思い出していた。

大学の時は、今のような皆から頼られる存在という感じではなかった。

むしろ多くの教員や先輩から疎まれていた。


マリトはコリーンはいずれも今の会社は二社目だが、前職も、大学も同じで、いわば腐れ縁のような関係だ。

二人が通っていた大学は都内にある某私立大学の理工学部AIイノベーション学科だ。


マリトはコリーンより四歳年上で、大学院を修了してから就職している。

コリーンのほうは飛び級で早期卒業し、同じタイミングで社会人になった。

大学はいわゆる「一流」とまではいかず、ワンランク下の評価を受けている。


しかし、コリーンだけはその場にまったくそぐわない、別格の天才だった。

父親がその大学のAIイノベーション学科で教授をしていたことに関係があると言われていたが、詳しい事情はわからなかった。

マリトもコリーンも、その教授の研究室に所属していた。


彼女は、飛び級を重ねていたので、大学入学当時、まだ17歳だったが、一年生の頃から研究室に入り浸っていた。

そこで、理論面でも実践面でも、ドクターの学生や他の教員にも追随できない圧倒的な実力差を示すばかりか、空気を読まずに誤りを指摘するので、プライドの高い彼らには、彼女の存在は面白いものではなかったようだ。


マリトは、コリーン達が大学に入学した初日の学科オリエンテーションのときのことを覚えている。

学科長である准教授が最新AI研究についての紹介をしていたとき、説明内容の誤りを指摘して、教室の空気が凍り付いてしまった。


彼は、そのときは大学院の一年生で、ティーチングアシスタント(TA)として参加していた。

そのとき、マリトはコリーンが自分を見ているのに気付いた。

目が合って、こちらが気付いたことがわかると、唇がゆっくり動いた。

――『ツマラナイ』


先輩や先生だけでなく、同期の学生との関わりも少なく、見かけても一人のことが多く、友人と話をしているのはほとんど見たことがなかった。

マリトは、コリーンとは入学前から面識があり、他の学生よりは少し距離が近かったこともあって、コリーンはときどき、他の学生もいる中で、声を出さずに唇だけでメッセージを伝えてくることがあった。



社会に出て、彼女も成長したということだろうか?

いや、彼女は何も変わっておらず、変わったのは環境の方だ。

そうマリトは思っている。

受託開発で顧客が求めるシステムを開発するのは、とてもストレスの高い仕事だ。

下手をすれば何日も徹夜が続くかもしれない技術上のトラブルを、エレガントに解決にまで導いてくれる彼女は、現場において、まさに女神のような存在である。

年齢や言葉遣いなどは、些細な問題に過ぎない。


PCでの作業を一段落して顔を上げると、コリーンが三人目、最後の相談者の対応に移っていた。

そろそろ時間かと思ったときに、後輩のコンサルタントが声を掛けてきた。

たまたま、テーブルにいるのを見かけたらしい。

提案資料についての相談を受ける。

まだ少し時間があったので、資料の内容を確認した。

よくできている、と思った。


彼が悩んでいたのは、AIの動作についてどう説明すればクライアントに伝わるかという点だった。

「そこは脳のイラストを貼り付けて、その上に『AI』って書いておいておけば十分ですよ」

「技術的に正確な説明してもどのみち理解してもらえないので、込み入った説明なんかは不要です」

後輩コンサルタントは、本当にそれでいいのだろうか、と言いたげな顔をして戻っていった。


彼が戻るのを横目で見ながら、コリーンの方を見ると、相談者への対応を終え、装着していたスマートグラスや手首のベルトを片付けている。

こちらの方に顔を向けると、唇を動かした。

――『センパイモナ』


マリトは、にやりとした。

後輩へのアドバイスが聞こえていたらしい。

言いたいことは、わかる。

「自分だって大して理解していないだろう?」

――そう皮肉っているのだ。まあ、否定はしない。


技術や理論の世界は、どこまで行っても先がある。

普通の人間は、どこかで限界が来る。

コリーンのような規格外の天才でもなければ。


帰り支度を整えたコリーンがこちらに歩いてくる。

「お待たせしました。先輩」にこりともせずに言った。

彼女は感情をほとんど顔に出さないタイプだ。

これは大学時代も今も変わらない。

マリトには、ときどき目の奥で少し笑っている印象を受けるように思うのだが、あまり賛同者はいない。


彼女は、通常の鞄に加えて、ゴルフバッグを小さくしたような、長さ60センチ、幅15センチくらいの細長い黒いショルダーバッグを持っていた。

「変わった形のバッグだね」マリトは聞いた。

コリーンは答えた。

「はい。先輩にはこのバッグで回収してきてほしいものがあるんです」


#STATUS: SPRINT COMPLETED. PROJECT IN PROGRESS.

前エピソードから引き続きオフィスのシーンです。PHASEⅠの天然系ヒロインとは、対照的なヒロインの登場です。

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