表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

SPRINT 13:回収任務の完遂を見届ける

マリトは、他の社員が休暇を取っている中で、朝から東京まで義手回収のお使いに行かされて、帰ってくるなり、絶対に関わりたくないタイプの会議に出席することになっていた。

場所は元は社長室だった応接室だ。

社長がデスクごと社員のスペースに引っ越してきたので、やけに広い応接室になっている。


社長に加えて護衛付きの軍人がいて、マリト本人もよく知らない事情で関係者扱いされているが、場違い感マックスだ。

護衛の兵士は物騒な武器を装備しているし、危険だから絶対近づくなと注意された、セキュアスーツケースらしきものまである。


MD粒子波とか演算被害とかいった説明を受けたが、まったくピンとこない。

『MD粒子波の再励起現象の発見者』という説明には、コンサルタントの性で訳知り顔でうなずいたものの、身に覚えは一切ない。

思念の伝達ができるといった、計り知れない可能性を秘めたMD粒子は、そのこと自体は発見直後からわかっていたことであり、もともと機密性は高かった。

しかし、その機密レベルが跳ね上がる事情はさっぱり理解できない。


そうした技術的な小難しい話は抜きにしても、マリトにどうしても理解できないことがある。

大学から持ち帰ったのは右腕の義手だったが、今、回収しようとしているのは左腕の義手だ。

話のつじつまが合っていない。

未回収なのは義手一本という話をしているが、本当は二本あることに気づいていないのか?


自分の持ち帰った義手は、大学のストレージから取り出した後は、それほど厳重に扱われていないので、そのギャップが馬鹿馬鹿しくさえ思える。

カーニクス中佐とコリーンが窓側のキャビネットから義手を持ち帰ってテーブルの上に置いて、テストするのを白々しさを感じながら眺めた。

思念だけで義手が動く様子は不思議ではあるが、大学の研究室では見慣れた光景で、懐かしさこそあれ、目新しくはなかった。


しかし、動作確認の後、コリーンが窓に向けて立ち「全員、伏せて!」と叫んだ瞬間から空気が一変した。

窓ガラスが割れ、コリーンが血を流して倒れる、そして、続けて、護衛が次々と倒れていく。

まるで映画で見るようなシーンで、自分がその中にいることを、現実として頭の中で受け入れられなかった。

目の前の出来事と自分とは遊離している感覚を覚える一方で、生死に関わる事態の進行に恐怖がじわりと湧き上がってくる。


「伏せて」の声に反応しようにも、とっさにはどうすればよいかわからない。

うつ伏せになるということなのか、低い姿勢になることなのか。

隣で社長が中腰になり、ソファーの反対側まで移動するのを見て、マリトもそれにならった。


ソファーの陰から、撃たれて血を流して倒れる護衛の兵士の姿が目に入る。

現実感を伴う恐怖が膨れ上がり、今にもパニックに陥りそうになる。

隣の友田社長が落ち着いているのを見ているうちに、マリトも徐々に落ち着きを取り戻してきた。

廊下側から機関銃の音が響き、銃撃が絶え間なく行われる中、コリーンとカーニクス中佐が協力して遠隔狙撃に対抗しているようだ。

カーニクス中佐が時折、呪文を唱えるように口元をもごもごと動かしている。


機関銃の発射音が鳴り続ける中、パトカーのサイレンも大きくなってきた。もうすぐ助けが来る――そう思えるようになってきた。

遠くで爆発音が聞こえた後、満身創痍のカーニクス中佐がついに義手をストレージに格納するのを見た。

赤いボタンが点灯する。


これでミッションは完遂だ。

マリトはそう確信して安堵したが、まったく予想外の事態が起きた。

隣で様子をうかがっていた友田社長が静かに立ち上がったのだ。


気付いたコリーンが「止めて!」と叫んだ。

友田社長は、カーニクス中佐の頭に向けて、拳銃を向けている。

中佐が振り返るのと同時に、至近距離で引き金を引いた。

「ソラアーッ!」というコリーンの悲痛な叫びが響く。



ソラの拍動が停止し、血液による脳への酸素の供給は絶たれたが、意識が完全に失われるまでには、わずかに時間が残されていた。

それは夢なのかもしれない。

いわゆる臨死体験なのだろうか。

ソラは自分が公園のパーティ会場にいるのに気付いた。

芝生の上に白いテーブルとチェアが並んでいる。

服装からみて、だれかの結婚のお披露目のパーティのようだ。


「ぎりぎり間に合ったみたいね」ソラは、そうつぶやいた。

すぐ近くのテーブルで、フレッドがうつ伏せに寝ているのが見える。

「その腕時計、結婚前に私が贈ったプレゼントよね」

「私も一緒に、って意味なのね。わかるわよ。うれしい。けど、酔っ払って寝てちゃダメじゃない」

「もう、いつもいつも、詰めが甘いんだから」

「ちょっと太ったかしら?でも元気そうで、良かった」


一群の男性陣にもみくちゃにされていた青年が、ひとりの女性の手を引きながら、抜け出してくるのが見えた。

「見つけた。ジェイミー」

ソラはひとりつぶやいた。

ブロンドを短く整え、秀でた額にメガネをかけた青年は、立ち止まると、何かに気付いたようにこちらに目を向ける。

優しいまなざしが印象的だ。

「素敵な青年に育ったのね。ありがとう、フレッド。寝てたこと、許してあげる」


手を引かれているのは、青年と同じく20歳くらいの年齢で、同じくらいの背丈のある長身で細身の女性だ。

彼の様子を見て、不思議そうに、こちらに目を向ける。

「そう。あなた、その娘を選んだのね」

細面の優しい顔立ちの女性だが、薄い唇に意志の強さを感じる。

「あら、いやだ。ちょっと雰囲気が私に似てるじゃない」

「大切に、するのよ」


青年は空中に何かを探すような仕草を続けている。

「私に気付いてないみたいね」

ソラは近づいて、ジェイミーの赤い唇を人差し指で軽く、二回タップした。

なぜか、そうするのが良いような気がしたのだ。


ジェイミーは気付いてくれたようだ。

こちらをまっすぐに見て、にこりと笑った。

そして軽く手を振りながら、話しかけてきた。

「来てくれて。ありがとう」――声は聞こえなかったが、その言葉はソラに確かに伝わった。


ソラも手を振って応えた。

「最後に、みんなと会えて、よかった」

「これでお別れだけど……私はいなくなってしまうけど……みんなのことを、みんなのしあわせを、祈っています。ずっと……」

そしてソラの自我を形作る思念の束は、ゆっくりと宙にほどけて消えていった。



友田社長は、中佐に続き、ドアを守っている女性の護衛兵士に対して銃撃を加え、近くまで歩いて行って、もう一度銃弾を撃ち込んだ。

ドアを開けて襲撃者の兵士を入れると、社長は怒鳴りつけた。

「城代、貴様!何が精鋭部隊だ。この評判倒れの役立たずが!」

「これだけ準備してなんで失敗できるんだ?」

「私に手を下させてどうするんだ!」

「貴様らには社会的な評価の重要性というのがわからんのか。これまでの私の苦労が台無しじゃないか!」


そして、コリーンの方を向いて言った。

「古楠、君は私が噴霧器を落とした瞬間に、すべてを理解したんだな?」

「とんでもない洞察力だ」

コリーンは社長を見ようともしない。

「予想外のことの裏には必ず君がいるな」と、社長は苦々しくつぶやいた。

「余計なことをしなければ、軍人以外は誰も傷一つ負わないはずだったのに」

「天才ってやつは予測不能で本当に厄介だ」


そして城代と呼ばれた男に言った。

「彼女にまで怪我をさせやがって」

「まずいぞ。かなりの出血だ」

「死なせずに連れ帰るぞ」

「おまえたちの何万人の命でも釣り合わん」

「彼女にはまだやってもらわないといけないことが残っている」


再び、思い出したように、コリーンに向かって話しかけた。

「ひとつ言っておくが、彼を巻き込んだのは君だからな」

「どうして、巻き込んだんだ?」

「君にとって大切な男じゃなかったのか?」

「他の社員と一緒に休んでいればよかったものを」

「どうなっても、私を逆恨みするんじゃないぞ」


そう言いながら、マリトの方を向いた。

何か言いかけたが、マリトが目を見開いて何かを凝視しているのに気付いて、やめた。

そして、その視線の先を追った。

マリトはセキュアスーツケースに収納されかけている義手を見ていた。



カーニクス中佐が最後の力を振り絞って行った格納作業は、完了寸前で阻止されてしまった。

そのため、スロットへの格納直前で、手の部分が突き出されたままの状態になっていた。

その手が動きはじめている――

誰の指示も受けていないにも関わらず。

まるで自らの意志があるかのように――

まっすぐに指を伸ばして開いていた手の形は、人差し指を伸ばした形にゆっくりと変形した。

そして、赤く点灯するボタンをゆっくりと、しかし確かに、二回続けてタップした。


次に、義手は両手をまっすぐに開いた状態へと戻る。

そして、まるで別れを告げるように、手を振るように揺れながら、静かにスロットの奥に沈み、蓋が閉ざされロックされた。

それは、カーニクス中佐の任務への執念の結果だったのか、あるいは偶然の産物であったのか、――

いずれにしても、ミッションは義手みずからが引き継ぎ、完遂された。

息絶えた中佐の顔には、満足そうなほほえみが浮かんでいるように見えた。


#STATUS: SPRINT COMPLETED. ANOTHER CRISIS EMERGING.

マリト視点に戻ってきました。ミッション失敗に見えた作戦は、義手自らが動いて完遂されました。不思議な現象ではありますが、この理由も説明される予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ