◆6
「カヤ~~! つかれた!! 癒やして~~!!!」
「はいはい」
結婚式を挙げて早一年、たぶんカヤは引かないんだけど、今日も今日とて詳細を聞かせたくないような感じのあれやそれを終わらせた俺は存分に嫁との時間を堪能していた。
新婚当初こそ、こんな風に後ろから抱きつかれたら、うっかり魔法を放ってしまうぐらい驚いていたのに。今のカヤは「おつかれさま」とごく自然と受け入れてくれる。
こうしてスキンシップが許されるようになった他にも学生時代以上に気安いやりとりを交わすことが増えた、その変化が嬉しい。
あんまりにも幸せでこれ夢かなと思って、うっかり「結婚しよカヤ」とプロポーズしては「もうキミの奥さんだよ」とツッコまれたことは一度や二度じゃない。昔は全スルーされてたのもあってラッセは余計に喜びを噛みしめてしまう。
結婚前に比べて、カヤは笑顔を浮かべる頻度が増えた。それから最近は俺を見つめては何かを考え込んでいて。何も無かった瞳に、俺がよく知っている感情を乗るようになった。
それを今すぐにでも欲しいと思う。けど俺から指摘するのはきっと違うのだ。だって彼女は本来なら子供の頃できるはずだったそれをずっと奪われていたのだから。彼女がその感情に向き合えるようになるまでゆっくり見守ってあげたい。
商人とは即座に動く為の行動力も大切だけど、絶好の機会を待つだけの忍耐も必要だ。幸い、辛抱強さにも自信はある。
だから俺はいくらでも待つし、カヤが向き合えたその日には盛大に祝ってあげるんだ。
「う゛っ、ぐすっ、カ゛ヤ゛~~! お゛れ゛も゛た゛い゛す゛き゛!!!」
――そう思ってたんだけどなあ。
いかにもな前振りが来たから、ラッセは心の準備を整えていた。カヤが言いやすいように、決して嘘ではないのだが、できるだけ軽く聞こえるような返答をして。彼女の告白に「嬉しいよ、ありがとう」といつものトーンで口にするつもりでいた。
でも実際に言われたら、幾度と練習していた言葉より先に涙が溢れていた。カヤの前ではいつでもそうだ、感情がコントロールできなくなる。君の前ではいつだって俺はかっこ悪い。
「ラッセって案外泣き虫だね……」
「……カヤに出会ってからだよ」
でもそれこそが君が好きになってくれた俺だから嫌いになれない。
彼女に出会えなかった未来を想像して身震いする。きっと近い将来、取り返しの付かない、人として終わった存在になってたんだろう。君のおかげで泣けるようになった俺にはもう関係のない話だけど。
きつく抱きしめる俺に腕の中の彼女が笑う気配がする。長らくの願いが叶った途端、次の欲が湧き出た。
魔法の使えない自分が行ったところで何の意味もないのに、彼女のおなかに刻まれたそれを剥がすように爪で緩く掻く。
そして吐き出した懇願に対し、カヤは腹に触れていた俺の掌に自分の手を重ねた。
「あとでラッセが子供の頃、義父様達にしてもらって嬉しかったこと教えて。私はそれすらわからないけど。だからこそ全部してあげたいんだ」
「まかせて!! ……俺、君に頼られるのすごく嬉しいんだ」
ただただ心のままを口にする。それにカヤはきっと俺を恋に落とした時のような微笑みを浮かべていることだろう。……見たいな。
巻き付けていた腕をほどいて、仰向けになるように彼女をベッドに押し倒す。望んだ表情を目にできたのは一瞬だけど十分満足できた。いきなりのことに現状を把握できていないのだろう、今のカヤはきょとんとあどけない顔を見せていた。
さっきまでイチャついてたとはいえ、そういう雰囲気じゃなかったもんね。こんな顔になるのも仕方ない。でもさ。
「俺、言ったはずだよ、興奮するって」
「えっ」
「だから、ごめんね」
謝罪の皮を被ったよろしくない宣言にカヤの頬が瞳と同じ桃色に染まった。一件困惑してるように見える眉が下がったその面持ちが満更でもない時のものだと俺は知ってる。君も大概俺に甘いことも。
何かを決心したらしいカヤがじっと俺を見つめて「うん、大丈夫。ラッセのこと愛してるから」と微笑んだ。
そんな殺し文句どこで覚えたのか……まあ大方母さんの入れ知恵だろうね。こうすればラッセなんてイチコロなんだから!って感じで。その通りだよ。
母の思惑通りになることに若干複雑な気持ちになりつつ、最高にかわいくて愛しいお嫁さんを前に変な意地や我慢が続くはずもなく。
口付けたならば、背中へ更に俺を欲しがるように彼女の腕が回される。俺の求めていたものを全て与えてくれる運命の人、間違いなく君は俺の永遠だ。
ラッセの瞳に未来視の力はない。それでも彼の虹の瞳は瞼の裏に写す。新たな宝物を泣いて喜ぶ自分と微笑む最愛。ずっと夢見ていた、きっとそう遠くない幸福の訪れを。