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結婚初夜ってことで、ワンチャン手を繋いで寝るぐらいは許してくれないかな。
そんな野望を胸に秘めて夫婦の寝室に入ったラッセは、どう考えてもそういう意味でしか使わないような衣装を纏った新妻の姿に卒倒しそうになった。
かろうじて意識を保ったし、声には出さなかったが「なんでぇ?!」と内心では動揺の絶叫がリフレインする。
事前に両親には「カヤを独り占めしたいから孫は期待しないでね」と伝えてるのに……って、この言い回しではむしろ勘違いさせてもしょうがない。それに使用人達にはそういうこと全然伝えてなかった。
カヤは基本的にキッパリ嫌なことにはNOが言えるし、俺が悪い事をしてたら毅然と叱ることのできる人間だ。でも侍女に「これが初夜における正装です」とあまりに堂々と言われて納得してしまったんだろう。
確かに一般的な夫婦なら間違ってないんだろうけどさ。俺にとっては嬉しすぎる拷問でしかない。
誰だよ、こんな俺の好みど真ん中のやつ用意したのグッジョブ!! ってそうじゃないだろ! 後で覚えてろよ、特別ボーナス支給してやるからな。
見てはいけないと思ってるのについつい目が行ってしまう。しょうがないだろ、俺ぐらいの年齢の男なんてみんな脳内ピンクだし、ましてや大好きな女の子がこんなドチャエロな姿してるんだから。これまでしてきた妄想なんて目じゃないぐらい興奮してしまう。するなするな、したところで行き場がないんだぞ。
「あー今日は疲れたね!! 寝よっか!!!!!」
「……しなくていいの?」
「え゛っ、していいの?!?!? するするしますしたいしたいです!!!」
「圧が強い。とりあえずその鼻血は止めよう」
それでもなんとかラッセは理性を総動員して健全な夜を過ごそうとした。興奮でギンギンに冴えた目じゃ、どうやっても眠れそうにないけど。今夜ばかりは手を繋いで寝るという野望も諦めざるをえない、今はその程度ですら欲望がはち切れそうだったから。
なのにまさかカヤの方から許可が出て、ラッセは条件反射で答えていた。自分でもがっつきすぎだったなと鼻血を止めてる間に反省する。
更に膝枕に誘われたのにも、ラッセは即座に乗っかった。我慢していただけで本当はめちゃくちゃしたかったので。
カヤに優しい手付きで髪を撫でられ、その心地よさにラッセは浸る。これからの行動には似つかわしくない雰囲気だが、この穏やかな空気をもう少し味わっていたい。
しばらくしてラッセはなんとなくだが、例の件に決定的な食い違いがあるのでは?と考えた。完全に勘だ、でも意外と直感というのは馬鹿にできない。
なので、ラッセはそれとなく話を振ってみることにした。ならば、ぽつりぽつりとカヤはあの日尋ねきれなかった本音を語り始めて。
「……産んだとしても愛してあげられるか、わからない。キミの子供に酷い事したくない。だから、ごめん」
そっちかぁ~~~~~!!!
案の定、自分は大きな勘違いをしていたようだ。俺の子供だから生みたくないということには変わりないが、それならば180度意味が違ってくる。
カヤはわからないというけれど、それも我が子に対する一種の愛の形だとラッセは思う。優しくて賢い彼女らしい選択だ。
性欲に動かされるまま考えなしに子供を作った結果、たかが子爵家に調子こくたび簒奪したろかと脅される羽目になった王族を知っているからこそ、ラッセは殊更そう思う。
愛ならしょうがない。今度こそちゃんと納得できたおかげでラッセはごく自然に彼女を宥めることができた。
自分はいつも彼女の前ではうるさい男だった。だからなんだろう、今のローテンションな自分に彼女が落ち着かない様子を見せているのは。
一応ラッセとしては今の方が素に近いはずなのだ。でもカヤの前だと無意識であのノリになっているので、ラッセ自身もなんとなく違和感を感じていた。
行為に至ればそれどころじゃなくなるだろう。なので気持ちを切り替えて、ラッセは先に何が何でも確認しておきたいことについて尋ねて。
「その、私が、お義母様に相談して選んだから。少しでもキミに喜んで、ほしくて」
とんでもない爆弾を投下され、ラッセは破裂してはいけない何かが跡形も無く木っ端微塵になる音を自分の中で聞いた。
自分は好きな子はとことん甘やかして可愛がりたいタイプだと思っていたのだけれど。自分に組み敷かれ、無垢な瞳で見上げてくる彼女に凶暴な自分が顔を出す。
そういえば可愛すぎる存在に直面すると、脳の防御反応で攻撃的衝動が起こることがあるんだっけ。変に冷静な自分がそんな雑学を思い出す。だからなんだ。
形だけの謝罪を終えた自分はさぞロクでもない笑顔を見せていたことだろう。異様な雰囲気をようやく感じ取ったカヤが怯えていた。
なのに可哀想とは思えない。ああ、かわいい、かわいいなあ……♡ ぞくぞくと背を走るこの感情は間違いなく彼女にとっては優しくないものだろう。
彼女の肌の内側に子宮を含んでいるだろう箇所に魔法の跡が刻まれている。自分の願い事の邪魔者であるそれすら今は興奮材料にしかならない。
欲望に誘われるまま、カヤの唇に食らいつく。
その後はひたすら彼女を貪って、あの美しい瞳に俺だけを写しながら名を呼び縋るカヤが愛しくて、彼女と歩んでいける未来への喜びから俺はぐちゃぐちゃに泣いて笑うのだった。
なお後日、ラッセは息子の性癖まで把握するのやめてくれと思いつつ、最大限の感謝を込めて母が前から欲しがってたジュエルビーの蜂蜜石鹸を贈呈した。パパが今度ママの誕生日に贈ろうと思ってたのに!!と父に泣かれたが知ったこっちゃない。