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それからラッセはかつてないほどの情熱を持って、カヤへのアピールに全身全霊で挑んだ。
所属科が違う為、自分から積極的に動かなければ接点はないに等しい。だから学園内で見付けたら確実に話しかけにいって。短い時間でもできるだけ印象に残るよう心がけた。
一月過ぎた辺りで、いつもカヤと昼食を共にしていた彼女の友人からの「私、ハーパライネン様のところから出てるバレッタ姫騎士物語(既刊16巻、現在も刊行中)の大ファンなんで、もし図書室にあったら昼ご飯食べるの忘れて読んじゃうと思いますね~~」「三日後に初版と新装版入荷するよ」パァンッといった交渉の結果、昼休みは確実にカヤと過ごせるようになって。
交流を続けるうち、少しずつカヤの言動が気安くなっていくのが嬉しかった。当の本人は気付いていなかったが徐々にカヤの瞳に薄くとも感情が乗るのにワクワクした。
商人である自分すら舌を巻く造詣の深さ、食事の所作が綺麗で、知識に対して好奇心旺盛なところ、ちょっと抜けてるのも可愛い……きっかけこそ一目惚れだったが、カヤと過ごすたび彼女の好きな所が増えていく。それを見つけ出す己の目には感謝しかない。まあもう彼女の全部が好きなんだけども。
カヤの前に立つ自分はただただ恋に溺れる馬鹿な男だ。一応もう少し賢かったはずなんだけども。でもそんな自分が嫌いじゃない。
だってこれは彼女への愛で生まれたラッセ・ハーパライネンなのだから。
カヤは家族のことについて話したがらない。だから敢えて聞かなかったが、ラッセは聞かずとも知っていた。たぶん彼女本人すら知らぬ情報まで。
何故ならば、一切まだ伝えていないはずなのに、息子の遅い春を知った母が張り切ってカヤについて調べていたからだ。手紙でことあるごとに返信の中で『そういえばカヤちゃんのことなんだけど』と書いてくるので否が応でも知ってしまうというか。
そりゃ自分がカヤへ猛アピールしているのは学園の中では周知の事実だし、貴族の誰かしらが家族に話をして、そこからラッセの家に伝わった……と考えるのが普通なんだろう。
だが、それにしては早すぎるし、何より正確すぎる。なにせカヤと出会ったその日のうちには調査し始めていたみたいだし、母の返信の中にはまるで見てきたかのように自分とカヤのやりとりを取り上げているのだ。
だからまあ大方、母が子飼いの密偵を使って情報収集してるんだろう。
この学園は全寮制かつ生徒会が自治組織として機能しており、外部からの影響を殆ど受け付けない。その閉鎖的な環境を構成しているのは、大半は貴族とはいえども、まだ未熟な少年少女たち。
故にここでしか得られぬ情報が山のようにある。多くは世間話にあがるようなものだが、中には政治情勢を大きく変えかねないようなものも存在した。
なので教師から用務員、あるいは生徒の中にも間諜が潜んでいる可能性は当然ありえるわけで。というか、うちの家の奴は確実にいる。あの母が用意しないはずがない。
だからって息子の恋路なんてものを逐一報告させるのはどうなんだ。そんな任務を課せられる彼らの身にもなってあげてほしい。
ともかくそういった経緯から、ラッセはカヤの家庭環境を知っていたし、生い立ちもわかってるし、彼女の父親が決めた縁談についても理解していた。
カヤの家族に対して処したいな~とは思うし、例の縁談をいつでも壊せるようにしていたが、ラッセが自主的に動けるラインはそこまでだ。
両親に愛されて育った自分には理解が及ばないが、手酷い扱いを受けても親を慕う子供は少なくない。
もしカヤに一欠片でも情が残っているならば、自分が行おうとしていることはきっと彼女を悲しませてしまうだろう。それが最終的に正しい行動になるとしても関係ない。
これまでのカヤの口ぶりからして、彼女が父親の意向に喜ぶとは到底考えにくい。が、自分の思想だけで決めつけるような真似はしたくないのだ。自身が他者の偏見にさんざん苦しめられてきたからこそ、やってはいけない。
いつか必ずお嫁さんにする。そう決意したところで現時点のラッセはカヤにとって、ただの友達でしかないのだから。
「ラッセ、私と結婚してくれないか」
だからカヤが自ら助けを求めてきた時、ラッセの心は歓喜で満たされた。
正直今にも泣き出しそうなのを何とか浮かれきったふるまいで取り繕って。ああ、やっと、やっとだ!
現状についていけないのだろう。彼女の瞳には混乱と、それから自分に対する罪悪感が浮かんでいる。
いいんだよ、カヤ。だって元より俺は君のものだ。ずっと、俺を欲しがってほしかった。それがどんな形でもいい。
でも俺は君と違って、嫌な人間だから利用できるものは利用させてもらうよ。
そうして、言質を取ったラッセは無事カヤの夫の座に収まったのだった。