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◆2

 貴族の家に生まれたものの義務として学園に入ってからも、ラッセを取り巻く環境は変わらなかった。

 大半の生徒はおろか教師までこぞって例の噂を聞いて自分を避けるし、あえて近寄ってくるのは商会か顔目当ての者だけ。

 両親のいいとこ取りをした己の美貌が好ましく映ることをラッセは把握している。同時に瞳で大きくマイナスされていることも。個人の嗜好と商品価値は別物だと理解していてもやるせない。

 大方、自分の立ち振る舞いや孤立している様子から、少し気があるような素振りを見せれば、簡単に落ちると思われているのだろう。

 随分と舐められたものだ。ラッセは家族や近しい人々から本物の愛を教えられている。だからそんな偽物に騙されるなんぞ、彼らに対する侮辱だ。あってはならない。

 まあ油断されている分には好都合か。そっちがその気なら逆に利用するだけの話なのだから。


 諦めたつもりでいたけれど、もしかしたらという淡い期待があった。より多様な人材に向けて門戸を広げているこの学園ならば、何か変わるんじゃないかと。

 でもやっぱり今まで通りだ。たかが三日、されど三日。生まれながらの商人である彼が見切りを付けるには充分過ぎた。


 経営科は領地運営を中心とした高位貴族向けだし、魔法を使えない以上は魔術科は無理だしと消去法で選ばざるをえなかったが、物心が付いた頃から商人のなんたるかを叩き込まれたラッセからすれば、今更商業科の授業で学ぶことなんてないに等しい。

 時は金なりだというのに、今後のことを考えると憂鬱でしかない。一応、後々継ぐであろう母の業務の鍛錬にはなるだろうけど……。

 せめてこの学園でしかできない経験を何かしら行いたい。そう考えた時にラッセは祖父がこの学園に寄付した蔓薔薇について思い出した。

 早速見に行こうと向かった先で、彼は運命の出会いを果たすこととなる。


 例の蔓薔薇の場所には先客がいたが、フェンス挟んでるからいいだろとおかまいなしにラッセは観察を始める。

 この薔薇だが大変育成が難しい為、祖母が死んだのをきっかけに園芸名人がいるこの学園へ寄付されたものらしい。

 綺麗に整っているが開いているものはまだ僅か、殆どが蕾だった。春生まれの祖母の為に作られた品種だが、まだ少し季節が早かったみたいだ。

 また数日後に改めて見に来るか。そう思って顔を上げた時、偶然フェンスの向こう側にいた人物と目が合う。

 ラッセの瞳を見つめた後、彼女の淡い紅色が細められた。それから彼女の唇は控えめに弧を描く。

 その微笑みが自分に向けられたものではないとラッセは理解していた。その懐かしむような眼差しからして、己の瞳に似た、何か大切な思い出がふと頭に浮かんだだけなのだろう。

 でもだからこそ、初恋という名の雷がラッセの脳天に直撃した。

 だってそれは俺の瞳をずっと望んでいた意味で眺めてくれなければ存在しない感情なのだから。


「魔術科のカヤです。平民なので姓はございません」


 気付けばラッセは初恋の衝動に駆られるまま、彼女に迫っていた。

 舞い上がったテンションのまま一通り捲し立てた後、ラッセは平静を取り戻し焦る。完全にやらかした……と笑顔を貼り付けたまま、内心怯えていたラッセにカヤは至って普通に自己紹介をくり出した。

 その瞳には嫌悪も困惑も熱も興味も何もない。いくら平民でもハーパライネンの名は知ってるだろうに。自分に対してここまで無感情な相手に出会ったのは初めてだ。

 今も、しっかりと俺の目を見てくれているのに物足りなさを感じる。そういえば自分は欲張りだった。あの微笑みがまた見たい。彼女の事をもっと知りたい。お嫁さんには絶対なってもらう。

 一目惚れほど愚かな恋はないと、どこぞの誰かが言っていたが、ラッセはこれは間違いなく運命だと確信している。だってこの恋は己の目が見つけ出したのだから。


「カヤ、また話しかけてもいい? 君と仲良くなりたいんだ」


 ラッセの問いにカヤは頷く。こうしてラッセは未来の嫁(断定)との初邂逅を終えたのだった。

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