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面倒くさい奴が恋してアホになるのが好きです。
ハーパライネン子爵家待望の第一子ラッセは虹色の瞳を持って生まれた。
彼の血縁どころか、これまで歴史上現れたことのない色だったが、彼の両親は家業柄、変わったものには見慣れている。なので個性の一つとしてさっくり受け止め、彼をごく普通に愛する息子として扱った。
だが周囲はあまりに珍しいそれを特別なものと捉え、色々と騒ぎ立てる。やんややんや言ってくる部外者をチッうるせーなと思った両親が医者や魔術師やらに見せて「単に色がめっちゃ個性的なだけの瞳っすね」と証明されてもそれは収まらなかった。
あれは魔眼に違いない。隠しているだけで、本当は心が読めるだとか、他者を操れるだとか、嘘を見抜くだとか、どうやっても彼に立てられた噂は消えることがなかった。
まあ彼の場合、生まれた先も悪かった。彼の家は大陸随一の商会を営んでいる、そのあまりに好調すぎる経営は悪魔と契約したのだと囃し立てられるほどだ。
なお実際はハーパライネンの当主がどいつもこいつも商人としての才覚が化物じみてるだけなのだが。
その代わりといってはなんだが、貴族は魔法を使える者が殆どにも関わらず、商家として目覚めてからのハーパライネンは一切魔法を使える者がいない。だからこそ余計にあんな眉唾な噂がされるわけだ。
そしてもれなくラッセも例外でなく、祖父と父の英才教育も手伝って、ハーパライネン商会の跡継ぎに相応しく育っていった。
特に彼はずば抜けて目が良かった。真偽、真贋、真意、人にしろ物にしろ見極めることに関しては彼の右を出るものはいない。それはもはや鑑定の魔眼の域すらも凌駕するほどに。おかげで噂の真実味に拍車がかかり。
その結果というか、結論から言うとラッセはやさぐれた。
人間というのは変わったものを忌諱するものだ。特に子供はその傾向が強い。
おかげでラッセは幼い頃からずっと同世代の者に避けられていた。噂が広まるにつれ、大人達も彼を怪訝な目を向けるようになった。近づいてくるのは自分を嫌悪したり、不気味がっているくせ利用しようとするものばかり。
家族や使用人達を除くと皆、ラッセにとって自慢の瞳とまっすぐ向き合おうとしない。
例の噂を信じての行動のようだが、そもそも魔眼なんてなくたって、仕草とか見ればある程度の感情とか嘘吐いてるのはわかるし、言葉で人は操れるだろ、そんなこともわからないのか?と人心掌握術を仕込まれていた故に彼は悟っていて。
だから子供時代から彼は対外的には人好きする陽気なふるまいをしながら、非常に冷え切った目をしていた。未来の彼の嫁が見たら驚いてひっくり返るぐらいには。
ラッセは貴族の結婚相手としては美味しくない。
ハーパライネン商会との繋がりは欲しいが、種として見るとデメリットが大きすぎたのだ。
先程も言った通り、貴族は魔法を使えて当然なのに魔力はカスだわ、その奇妙な瞳が遺伝したら……と恐れられた。
だからといって種は別のを使って……なんて真似をしたが最後、ハーパライネンパワーで生き地獄まっしぐら。金さえあればなんでもできる。さすがに侯爵家以上を相手するとなるとちょっと難しくなってくるが、王家のやべえ弱味を握っている以上、まあなんとかできる。
あと商家の嫁として色々と新たに学んでもらう必要があるのも、貴族令嬢達は気にくわないようだ。
なお、当のラッセは齢十に至るまでに結婚を諦めた。興味も無い。だってどうせいやしないのだ、俺の唯一の願いを叶えてくれる女の子は。
ラッセの不幸の大半はこの人とは違う瞳が原因だ。
けれどそれでもラッセはこの誰も持っていない、自分だけの瞳が好きだった。
だからこの瞳を恐れず、ただまっすぐ見つめてほしい。それだけなのに。