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常にクソうるせえ愛情激重男VS愛情不足不遇ヒロイン、この勝負どっちが勝つんだ……?!
「君に一目惚れしました、好きです!! 結婚して下さい!!!!!」
「……どちらさまでしょうか?」
「あ、ごめんね! 俺は商業科のラッセ・ハーパライネン。子爵家と商会の後継だから、かなりお得物件なんだけど結婚しない??」
カヤが後に夫となるラッセに出会ったのは学園生活開始三日目のこと。
寮へ続く帰り道、カヤがこの学園でのみ見られる薔薇を眺めていたところ、フェンスの先にいた相手と目が合った。
彼の瞳にふと昔よく夢中になっていた教会のステンドグラスを思い出した瞬間、カヤはラッセに求婚されたのだった。
はっきり言ってこの時点でのラッセはどうあがいても不審人物である。だが平民のカヤは都会の貴族の方ってこんなものなのかなと特に気にせず、求婚に関してはひとまずスルーしつつ自己紹介を返した。
なお他の貴族がカヤの推測を知ったら無言で首を横に振ってる。あれは特殊個体だ、一緒にしないで。
そんな感じで、二人はなかなか個性的な初邂逅を終えたのだった。
「カヤ、こんなところで会えるなんて奇遇だね!! 良い天気だし結婚しない???」
「ハーパライネン様」
「ああ、この間の試験結果か。カヤは……やっぱ一位だよね!! お祝いに俺の家に代々伝わる結婚指輪とかどう???」
「まさか魔術科との共同授業でカヤと同じ班になれるなんて……これもう運命だよ、結婚しよ!!!!!」
「ラッセさん、自習とはいえ授業中なので静かに」
「ごめんなさい」
「カヤ、今日も可愛いね、大好きだよ、絶対幸せにするから結婚してほしいな!!!!!」
「ラッセ、キミ毎日毎日飽きないね」
それからというもの、見かけるたびハイテンションで求婚しながら話しかけてくるラッセとカヤは奇妙な友情を築くことになった。
最初こそ貴族が相手とのことで失礼のないよう丁寧な対応を心がけていたカヤだったが、ラッセの方からねだられ徐々に崩していき、今ではすっかりこの調子だ。
ラッセが言葉にも瞳にも乗せてくる情熱は最初と変わらず燃えさかったまま。いっそう勢いを増しているように思う。
彼の事が嫌いなわけじゃないし、不快感があるわけじゃない。むしろ彼はいつだって賑やかだけども、ラッセと一緒にいると不思議と穏やかな気持ちでいられる。
これは普通に生きていれば当たり前に理解することだろう。でもカヤは返せない、彼が与えてくれていてもよくわからなかった。
だから彼の求婚を素通りした上でカヤはラッセとの親交を続けていた。
「カーヤ♡ ……カヤ、何かあった?」
カヤとラッセの関係が変わることになったのは、最終学年に上がって間もない頃だった。
折り合いの悪い実家から送られてきた手紙。嫌な予感をひしひしを感じながら読み始め、カヤは途方に暮れることになった。
「……うちの地主の妻になってた。三日後に迎えの馬車をやるから、それまでに学園をやめておけと」
大方、工房の経営が上手くいかず、金を借りたはいいが返せなかったのだろう。そもそもはなから返す気はなかったのかもしれない。
結婚証明書には本人のサインが必須とされているが貴族ならともかく、平民相手じゃ一々調べはしないから、代筆したってわかりやしない。実質、家長の許可さえあればいいのだ。
特待生制度のおかげで授業料等は全額免除されているし、こちらは順位さえキープし続ければ私の意志が尊重されるので、父でも無理矢理私を退学させることはできない。
だからといって、もう私が見知らぬ男の妻になっていることには変わりないのだ。
「ラッセ、私と結婚してくれないか」
――たすけて
女からの離縁は認められない。だからこれは何の意味もない。もう手遅れだ。ただ最低の願いを、最悪の形で吐き出しただけ。
くしゃと無理矢理作った笑顔はきっとひどく歪なものなんだろう。この彼の今までの誠意を侮辱するような真似に、ラッセは。
「カヤ、本当!? 本当に俺と結婚してくれるの!?!」
「う、うん……?」
思ってた反応と違いすぎることに動揺したカヤは反射的に了承っぽい返事してしまった。
カヤのその言葉に、ラッセはこれまで見た中でも一番の笑顔を見せる。かつてないほど彼の瞳は輝いていた。
「やったぁ!!!!!!! オッケーまかせて!!!!! カヤ愛してるよ、絶対めちゃくちゃ幸せにするから!!!!! イヤッホォーーー!!!!!」
「え? え?」
一通り狂喜乱舞した後、それからのラッセの行動は早かった。
結婚証明書のサインが偽造であることを金を積んで証明し婚姻を無効化。それからカヤの嫁ぎ先になるはずだった男爵家の悪行を暴いてお家取り潰し、ついでにカヤを冷遇していた彼女の実家も手持ちの金融業で一家離散へと追い込んだ。
これら全てを卒業までの間どころか一月足らずで対処して、ラッセは書類上だけだがカヤと学生結婚を成し遂げた。結婚式に関しては準備期間は長い方がいいからという理由で卒業後、正式に彼が爵位と事業を継いでからだったが。
ラッセいわく愛の力だよ♡とのことだが、爆速で外堀を埋められたカヤはお金って怖いなあ……と思っていた。ハーパライネン商会は歴史こそ浅いが、資金力と情報網は大陸随一。彗星の如く現れてから数十年その勢いを保ち続ける怪物商会なので。
いや、もしかしたら、かつていつもニコニコしている彼にしては珍しく真顔で「死んだらそこで終わりだから、俺と結婚してくれなきゃ死んでやるなんて言うつもりはないけど、未亡人になった君を口説き続けるよ」と宣言してきたところからして、自分がGOサインを出したらいつでも動けるよう準備を整えていたのかもしれない。
なんにせよ、カヤはラッセの好意を利用する形で彼の妻の座に納まったのだった。