009:裏社会のドン
剛隆会の事務所から、幸綱興業の事務所に帰る車の中で幸綱は窓の外を見ながら秀慶に「なぁ……」と言う。
後ろに顔を向けるわけにはいかない秀慶は、バックミラー越しに幸綱の方をチラチラと見ながら「はい?」と相打ちをするのである。
「どうして、そんなに鉄砲玉になりたがったんだ?」
「え? それは兄貴たちに認めて欲しい……」
「絶対にそれだけじゃないだろ? 認めて欲しいにしては明らかに熱量が異常だった」
「はははは、さすがはオヤジですね。オヤジには隠し事はできないみたいです」
幸綱としては兄貴分の人たちに、認めて欲しいからという理由だけで鉄砲玉を志願したにしては、明らかに熱量が見合っていないと思っていたのだ。
そこで直接、秀慶に何かあるのではないかとカマをかけてみると、秀慶は幸綱に隠し事はできないと笑う。
「智和の兄貴が、的にかけられたじゃないですか?」
「あぁ絶対にやった奴を許すわけにはいかねぇよな」
「その襲撃された日の最後に会ったのが俺なんですよ」
「なに? どうして秀慶と智和がサシであってんだ?」
秀慶は言わなかったが智和が襲撃された日、最後にあったのが自分なんだと明かしたのである。
サシで会っていたとは知らない幸綱は、窓の外を見ていた視線を秀慶の方に向ける。
「あの日の夜、智和の兄貴からサシで飲みに行こうって誘われたんですよ。それでオヤジを家に送った後で、もう帰るだけだったんで一緒に飲みに行ったんです」
「そうだったのか……」
「それで俺は家に送りますかと聞いたんですけど、兄貴は良いと言ったので、そのまま帰りました」
秀慶の話を聞いた幸綱は静かに呟いた。
それは喋っている秀慶の声が、ほんの少しではあるが震えていたからである。
秀慶からしたら、あの日の夜に自分が家まで送り届けていれば襲撃されるのを避けられたかもしれない。
その気持ちがあるので鉄砲玉に志願したのだ。
鉄砲玉に志願した理由を、素直に話したところで秀慶は幸綱に「オヤジ……」と小さな声で呟く。
それに幸綱は「ん? なんだ?」と優しい声で返す。
ハンドルを握り潰すのでは無いかと思うくらいの力で握り、涙をポロポロッと流しながら「俺が兄貴の仇をとりますんで!」と覚悟しているのを言葉で現した。
この言葉を聞いた幸綱は、外を見ながら「バーカ、智和は死んじゃいねーよ」と優しく言った。
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京都府伏見区、この場所に日本ヤクザ界の舵取りをする天王会の総本部がある。
この天王会という組織は特殊な団体であり、普通のヤクザ組織とは一線を画している。
天王会のトップは総裁の役職に就いた人間だが、その下の役職である会長職は他組織から実力者をスカウトして総裁の補佐を行なう事になる。
前述した天王会・総裁である《仰木 正親》は、事務所で飼っているチワワを抱っこしながら窓の外を眺めている。
その後ろには現会長である《清内 義藤》が手を後ろに組んで総裁を見ている。
「仰木総裁、静岡での騒ぎはどないしましょう? このままでは、お上が動きかねまへん思います」
「確かに義藤の言う通りや。このまま無謀な抗争を続けたら、お上は任侠団体への弾圧をするやろな」
清内は仰木に静岡で起こっている銃撃事件に対し、お上……つまりは政府の人間が黙っていないのでは無いかという風に聞くのである。
その質問に仰木は清内の言う通りで、このまま放っておけば任侠団体への弾圧を強めると考えていた。
「ほなどうしまひょか? うちか若頭の細河が静岡に行って、仲裁をしてきまひょか?」
「清内の言う通りやな。このままでは、カタギの皆さまに迷惑をかけかねへん」
「ほな直ぐに手配を……」
「ちょい待て! そのアイデアはええけど、当の本人である海道会が容認するとは思えへん。海道会は、この天王会にぎょうさんの寄付をしてくれてる組織や……ここは機嫌をとったろうやないか」
清内は自分と天王会の若頭である《細河 晴樹》で静岡県の海道会まで足を運び、この抗争を止めるように話してこようかと言う。
そのアイデアを聞いた仰木は確かに良さそうだと言って、それを聞いた清内が早速準備に入ろうとする。
しかし仰木は待つように呼び止めて、アイデアは良いが海道会が天王会の介入を良しとしないと言った。
何よりも海道会は天王会に気に入られる為に、たくさんの寄付金を渡していて、それが貰えなくなると天王会としては困るので介入はしない事にした。
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秀慶は幸綱から鉄砲玉をやるまで、組長付きはしないで休んでおくように言われたのである。
そこで鉄砲玉をやる前に、秀慶は智和が入院している病院を訪れて見舞いにやって来た。
病室に入ると、そこには管が無数につけられている智和がベットの上で横になっている。
そして部屋の中にはピッピッという音が鳴り響く。
「兄貴……本当に申し訳ありませんでした」
秀慶は眠っている智和に向かって、涙を流し男泣きをしながら頭を下げて謝罪するのである。
病室内には智和が組長を務める2代目熱海組の若い衆がいるが、若い衆の目なんて気にせずに涙を流す。
若い衆としては泣いてくれているので、自分たちも目に涙を浮かべてしんみりした雰囲気になる。
「木上のオジキ……話は聞かせていただきました。これから鉄砲玉になるんですよね?」
「あぁまだ鈴木組の業力が、兄貴を弾いたとは断定していないが……俺は業力がやったと思ってる」
「えぇ自分たちも同じ意見です! 是非ともオジキにはオヤジの仇を取っていただきたい。我々にできる事があれば何でも言って下さい!」
2代目熱海組の若い衆は、どうやら秀慶が鉄砲玉を務めるというのを聞いたのだろう。
自分の親分の仇を取って欲しいと頭を下げる。
それを見た秀慶は、キッチリと智和の仇を取ってやると拳をグッと強く握りしめるのである。
病院を後にした秀慶は、幸綱が用意してある鉄砲玉役が滞在するアパートの1室に戻る。
その部屋には既に拳銃などの準備が整っている。
拳銃を撃つなんて初めてなので、秀慶は拳銃を手に取ってスッと構える練習をする。
「弾数は合計で8発……それに時間も少ない。これは、かなり集中しないと上手くはいかないな」
拳銃に装填できるのは8発で、時間としても発砲した後は警察が駆けつけるまでに逃げなければいけない。
だから2分以内に発砲から逃走まで済ませなければいけないという、ななりギリギリのスケジュールだ。
すると部屋の扉がノックされた。
秀慶はビクッとした後、ゆっくりと扉の近くまで行ってドアスコープを除くのである。
そこには2代目山東会の照平が立っていた。
「なっ!? ど どうして山東の親分が、ここに!?」
「いやぁ君が、鉄砲玉をやるって義隆の兄貴から話を聞いたもんで……ちょっと寄らせてもらったんだけど、中に入っても良いかな?」
「えぇ! 汚いところですけど、どうぞ入って下さい」
照平の登場に秀慶は驚きを隠せない。
これから秀慶が鉄砲玉をやるというのを、兄弟分である義隆から聞いたからとやって来たらしい。
とりあえず秀慶は中に招き入れるのである。