007:尊敬する兄貴
薬物の売人をしばき上げてから1週間が経った。
幸綱興業のシマ内で起こってから、その後も海道会系組織のシマ内で売人が多数捕まった。
しかしその売人たちの口から出て来た裏にいる人間たちは、鈴木組の業力だけではなく、静岡県各地にある独立団体の名前が上がって来たのである。
これはどういう事かと海道会の頭を悩ませた。
「はぁ……これはどういう事だ? 静岡県内の独立団体が、牙を向いてきたってわけか?」
「いや、それは考えずらいでしょう。明らかに独立団体が束になって来たとしても、資金力・組織力・戦闘力には到底敵いませんからね」
「それはそうだよなぁ……それに組織たちのトップに立つくらいの甲斐性を持っている人間はいねぇだろうし」
頭を抱えるくらい面倒な事になって来た事態に、幸綱は事務所でタバコを蒸しながら悩んでいる。
若頭の敕晁と総本部長の《石木田 智和》の2人が、色々と考えを交換するのだ。
幸綱は不意にデジタル時計を確認する。
すると幸綱はゲッ!?と声を出した。
「もうこんな時間か……今日のところは解散しよう。秀慶、家まで送ってくれ」
「承知しました」
もう8時を回っていたので、とりあえず今日のところは解散しようと秀慶に運転を頼んで事務所を後にする。
車の中で幸綱はタバコを吸いながら溜息を吐く。
「オヤジ、これからどうなりますか? このまま好き放題やらせるんですか?」
「そんなわけないだろ。だけどな、そんな簡単な問題じゃないんだ……潰してしまった方が楽だが、それじゃあ県警が黙っちゃいないだろ?」
「それは確かにそうですね……」
秀慶は幸綱に、これからどうなるのかと質問する。
このまま好き勝手やらせるのかと柔らかい言い方で聞くと、そんなわけにもいかないが全面戦争をやるとすれば県警に邪魔をされかねないと言う。
それを聞いた秀慶は納得する。
そのまま運転を続けるのであるが、家に到着するまで幸綱は溜息を乱発している。
家に到着すると幸綱は「ご苦労だったな。お前も休んで、明日もよろしく頼むぞ」と言う。
秀慶は深々と頭を下げてから家に入るのを確認してから車に乗り込んで事務所に帰る。
「あれ? 智和兄さん、まだ居たんですか?」
「ん? 秀慶か……あぁ少し考え込んでてな」
「売人の件ですか……こうも返しができないと、組織として全体がイライラして来ますよね」
「そうなんだよなぁ。オヤジも最近はイライラしっぱなしで、体に悪いったらない……なぁ秀慶、今から飲みに付き合ってくれないか? もちろん俺の奢りでだ」
「是非ともお供させてもらいます!」
どうやら智和も悩んでいるみたいだった。
このまま悩んでいては体に悪いとして、秀慶を誘って飲みにいこうと言うのである。
秀慶も智和とサシで飲むのは初めてなので快諾する。
この智和は幸綱興業の中で、幸綱を抜いて1番の人格者だとして組員からは信頼されている。
そんな智和と飲み屋を訪れた。
「どうだ、組長付きの仕事は慣れたか?」
「いやぁまだまだ慣れませんねぇ……どうも最近は、兄貴たちの目がキツいように感じまして………」
「確かに16歳で組長付きって大役をやるのは、例外中の例外のようなものだしなぁ。でも、お前が悪い事をしたわけじゃないんだから気にすんなよ? そんな事を気にするよりもオヤジを守る事に専念しろ!」
「分かりました! やっぱり智和兄さんは、とても心に響く事を言ってくれますねぇ!」
秀慶からしたら若くして大役を務めているので、他の兄貴分からは疎まれる存在となっており、それが今の悩みといっても過言では無いのである。
しかしその話を聞いた智和は、疎まれるのは無視をして幸綱の為に命を賭けるように言ってくるのだ。
その話を聞いた秀慶は、手に持っているグラスをテーブルに置いて「さすが!」と智和を尊敬する。
「それで最近のシマ内での事件は、お前はどんな風に考えてるんだ?」
「俺の考えですか? 皆さんが思っているように、やはり天波会の筋が濃厚かと思います」
「やっぱりお前も、そんな風に考えるか」
「でも、少しの可能性として言わせて貰っても良いですかね? 下手したら、上の人たちの無礼になりかねない発言でして……」
仕事離れたかの話が終わったところで、智和は最近のシマ内の問題をどう考えるかと聞く。
それを受けて秀慶は、やはりストレートに天波会の筋が濃厚であるとした上で、ある可能性も考えていた。
しかしその考えは下手すれば無礼になる。
だから渋っていると智和は、今日は無礼講であり気にする必要は無いと言う。
「的確に各組のシマ内でやっているのを見ると、身内の可能性も十分にあると思います」
「身内って……つまり海道会の人間の中に犯人がいる可能性があるって事か?」
「えぇ可能性としては低いかもしれませんが、武闘派として知られている天波会の人間が……こんな裏工作をするのかと思いまして」
「確かにそう考えれば、その可能性も捨てきれないか。秀慶が言ったように無礼になるわな……だが、そういう考えもなきゃ、もしもの時に動きが鈍る。お前の考え方は悪くないぞ!」
秀慶の考えは、今回の騒動を起こしているのは身内の人間の可能性も否定できないというものだ。
その話を聞いた智和は、手に持っているジョッキを一気飲みしてテーブルにドンッと置いた。
そしてその可能性はあると認めてくれた。
「良いか? 犯人が身内だろうと天波会の人間たちだとしても、俺たちはオヤジの為に命を賭けようや」
「はい! 兄貴の言う通りです! 俺はいつでも命を投げる覚悟はできてます!」
「おぉ一丁前に言うじゃないか! さぁどんどん飲め」
そこから2人だけの飲み会は進む。
そして3時が過ぎたところで飲み会が終了する。
秀慶は智和を家まで送り届けようと誘うが、これからどこかに寄るとの事で断った。
少し残念がりながらも帰るのを見送ってから秀慶は車で事務所に帰り、そこから借りた安いアパートに帰る。
しかし日が昇る前に事件が起きた。
それは智和を含む海道会系の組員が、同時に多数か所で銃撃事件が起こったのである。
数字として死者数が4人、重軽傷が17人に上る。
智和は命は落としていないが、出血多量で病院に運ばれ意識不明のまま入院となった。
この事に海道会の本家も怒り心頭である。
死者数の4人の中に直系組長も含まれている。
緊急で海道会本家にて会議が行なわれる事になった。
しかしこの稀に見る襲撃事件には、静岡県警の組織犯罪対策第4課……つまりマル暴たちが黙っていない。
直ぐに関係各所への家宅捜索が行なわれた。