003:オヤジのオヤジ
秀慶が幸綱から親子盃を貰ってから1週間が経った。
事務所の上の階の部屋に住み込みで修行をしているのだが、秀慶と同じく部屋住の組員は3人いる。
その人たちは《一彦》《次朗》《聡》の3人で、秀慶とは比較的年齢層は近くなっているのである。
「一彦の兄貴。こっちの掃除は終わりましたけど、車の洗浄の方に行っても良いっすか?」
「えっ!? もうそっち終わったのか?」
「えぇキチンと手抜きはしてませんよ」
「お おぉ……っていうかよ、俺なんかに兄貴とか付けなくて良いぞ? 俺たちは大して変わらないんだから同期って事で仲良くして行こうぜ」
「それじゃあお言葉に甘えて、タメ口に行くわ」
秀慶は想定しているよりも遥かに家事能力が高い。
言われたところだけじゃなく機転を効かせて、他のところと並行して仕事をするのである。
自分のところが終わったので、他の同期がやらなければいけないところを先に手をつける。
秀慶は鼻歌を歌いながら組の車を洗浄していると、そこに黒塗りの車がやって来て止まる。
直ぐに車の番号から幸綱だと分かった。
道具を地面に捨てるように置くと「お疲れ様です!」という言葉と共に頭を深々と下げて挨拶をした。
「おう! 今日も精が出るな!」
「いえ! 拾って貰った恩がありますので、オヤジの為なら何でもやります!」
「そうかそうか! そんな無理せずに、頼れるところは頼って同じ若衆と仲良くやれよ!」
「はい! お疲れ様でした!」
秀慶の元気そうな挨拶に幸綱は笑顔で返す。
謙虚な姿勢を見た幸綱は、無理をせずにと言ってから用事の為に出発して行ったのである。
それを見送ってから秀慶は、また掃除を再開するのであるが、幸綱の車に続いて別の車が来たのに気がつく。
見た事が無い車だったが、ナンバープレートを確認して直ぐに、さっきのように深々と頭を下げるのである。
「お疲れ様です! 飯田の親分っ!」
「おう! お前が幸綱の言ってた新人だな?」
「はい! 木上 秀慶って言います!」
ここにやって来たのは幸綱の親分であり、この幸綱興業の上部団体である剛隆会の会長《飯田 義隆》、その人である。
この義隆は3代目海道会で若頭補佐をしている。
秀慶は幸綱から義隆のナンバープレートを聞いていて良かったと心の隅でドキドキしてる。
「それで飯田の親分、何かオヤジに用事でしょうか?」
「本家の会合があってな、ちょっと近くまで来たから寄ったんだが……幸綱はいるか?」
「すみませんが、オヤジは少し前に出かけました。いつ帰ってくるかも分かりません」
「そうかそうか……時間もあるし、少し中で待たせて貰っても良いか?」
「えぇ! 若頭なら居ますんで!」
幸綱が居ないと分かった義隆は、少し残念がるが時間もあるので滞在する事になった。
今は若頭の《安蔵 敕晁》が事務所内にいるので話し相手にはなるだろうと考え、掃除の手を止めて事務所の中に案内する。
するといきなり義隆を連れて来たので、若頭の敕晁はソファから跳ね上がり「親分っ!?」と驚く。
「おぉ敕晁っ! 久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」
「えぇ元気も元気ですよ! 親分も元気そうで良かったですわ。どうぞどうぞ、こちらに座って下さい……秀慶、直ぐに茶を頼むわ」
「分かりました! 直ぐに用意します」
秀慶は直ぐに茶を出すように頼まれたので、頭を下げてからキッチンの方に走っていくのである。
キッチンに向かったのを見送った敕晁は、前のめりになって「今日はどうしたんですか?」と質問する。
それに義隆は「ただ寄っただけだわぁ」と笑いながら答えるのである。
「いやいやぁ〜さすがは幸綱のところの若頭だ、お前にはお見通しってわけか……」
「いえいえ! 普段の親分よりも少し表情が固いような気がしましてぇ」
「いやぁ本当に頭が上がらないわぁ」
義隆が何かを抱えていたのに敕晁は察していた。
隠しているいないの話で、2人が盛り上がっていると秀慶がお茶を持って来てやってくる。
スッと義隆の方から渡して、その次に敕晁に渡す。
それだけではなく饅頭も出す。
ここから2人の本題が始まるのである。
「それで本家で何かあったんですか?」
「いやぁそれがよ……お前、天波会って知ってるか?」
「愛知県の武闘派組織ですよね? 確か今の会長の息子が、めちゃくちゃな暴れん坊だって話ですよね?」
「そうそう! そのボンボンが、うちらの島にも手を突っ込んでるらしくてなぁ……既に被害を受けてる組もあるって話で問題になってたんだわ」
本家である海道会が頭を抱えているのは、愛知県にある天波会という武闘派組織の組長の息子が、破茶滅茶な人間で静岡でも暴れているという。
どうにかしなければいけないという話で、この事を相談しに幸綱のところまで来たという事らしい。
「確かに、それは頭を抱える問題ですねぇ……それでオヤジのところまで来たんですか」
「どうしたもんかという感じでな」
「それにしても正体が分かってるなら、対処のしようがあるんじゃないんですか? 戦力だけなら海道会の方が遥かに上ですよね?」
「そんなに単純だったら、本家の連中や会長が頭を抱える事なんてありはしない……これがまた複雑なんだよ」
まずやり口が過激であり、その上で天波会の会長の実子である《織波 吉信》の姿を見た人間がいるとの話だ。
しかし直接的な証拠がなく、このまま突っ込んでいけば過激派な天波会と真っ向からぶつかる。
その上で、全国の他の組織から海道会には正義が無いと攻め込まれてもおかしくは無い。
「まずはやっているという証拠を見つけなきゃいけないって事なんですね?」
「そういう事だ。派手にやる人間たちだから、どこかに証拠が転がっていると思ったが……意外にも証拠を一切残さないような人間だったわけだ」
激しい戦い方をする人間な為、どこかに不備があると考えていたが証拠が見つからない。
意外にも計画的に動いている人間だと分かった。
だからまずは小さな証拠をこまめに集めつつ、吉信の手下たちを捕まえて拷問にかける。
「まぁそういうわけだ……それじゃあ帰るわ。幸綱が、いつ帰ってくるかも分からないしな」
「そうですね。オヤジには俺の方から伝えておきますんで、明日にでも事務所に行くよう伝えますか?」
「そうだな、それで頼むわ。それじゃあ失礼するぞ」
全てを話したところで幸綱が帰ってくるのが、いつになるかが分からないので義隆は帰る事にした。
秀慶を含む住み込みの若い衆と、敕晁は深々と頭を下げて義隆を見送るのである。
「それでオヤジは、いつになったら帰ってくるわけ? 秀慶、何か聞いてないのか?」
「オヤジですか? いや、どこに行くかは聞いてませんね……電話しますか?」
「いいや、そんな事をしてドヤされるのも面倒だから帰って来てからで良いわ。直ぐに天波会のボロが見つかるわけでも無いしな」
敕晁は頭をボリボリ掻きながら、幸綱がいつ帰ってくるのかと秀慶に聞くのである。
しかしいつ帰るかなんて聞いていないので、秀慶は電話をかけてみるかと聞いた。
だが良い事をしていて、帰って来た時にドヤされるのは面倒なので止めるように言った。