002:盃事
剛隆会の幸綱という男から電話番号を貰った秀慶は、幸綱の盃を貰うべきかと悩んでいる。
街の中をウロウロしながら悩む。
このまま不良として中途半端に生きていくのは、生き方として相応しくないと分かっている。
だからこそ秀慶は悩んでいるのだ。
とことん悩みながら歩いていると気がついたら、秀慶の自分の家まで帰って来ていた。
「あぁ〜あ……こんなに悩むのは俺らしくねぇな」
秀慶は頭をボリボリと掻きながら扉を開けて、家の中に入って「ただいまぁ」と言うのである。
するとリビングの方から「お帰りなさい」と聞こえて来たのだが、この声は母親の声だ。
そう迷っている理由の1つなのだ。
「そんなに神妙な顔をして、どうかしたの?」
「い いや……なんて事は無いけどさ………母ちゃんは、俺がどう生きようとも許してくれる?」
「許してくれるって、一体どんな生き方しようとしてるのさ。そんなの自分が後ろめたいような生き方さえしなければ、どんな生き方しようとも私は応援するよ」
秀慶は母ちゃんに、少しと隠す事はできないと思って直球には言えないが、ぼやかして聞いてみるのだ。
想定していたよりも決心が決まる答えを聞けた。
この発言もあって俺は覚悟を決める事ができた。
「母ちゃんっ! ちょっと出かけてくる!」
「え? あぁ……うん、気をつけて行ってらっしゃい」
秀慶は幸綱に貰った紙を握って家を飛び出した。
そして近くの公衆電話があるところまで走る。
手が震える中で、秀慶は紙に書かれている電話番号を入力して受話器を耳に当てる。
「もしもし! 幸綱の親分ですか?」
『あぁさっきの少年だな? こりゃあ思ってたよりも覚悟をするのに時間がかからなかったみたいだな……何事も早いのは良い事だ。盃を受けるって事で良いな?』
「はいっ! 親分の下で任侠を磨かせていただきます! どうぞよろしくお願いします!」
『おう! 詳しい話は事務所で盃をやってからにするとして……いつから、こっちに来れる?』
「今からでもいけますよ!……いえ! 今から静岡の方に行かせていただきます!」
秀慶が盃を降ろして貰う事が決まると、電話口からでも幸綱がテンション上がっていると分かる。
子分になるのは分かった秀慶は、いつ事務所がある静岡に来れるのかと秀慶に聞くのである。
その答えに秀慶は「今すぐ!」と答える。
秀慶の答えに幸綱は「お おう……」という風に、少し引いているような感じである。
『それなら俺のところの若い衆に向かいに行かせるから豊田市駅に居てくれるか? 車で迎えにいくから、そのまま俺の事務所まで来てくれ』
「分かりました! それでよろしくお願いします!」
『おう! 少し時間がかかるが、3時前には着くはずだから待っててくれ』
「いくらでも待ってます!」
若い衆を1人迎えにいく為だけに、新幹線を使う事はできないので若い衆の人が迎えに来る。
それまで時間があるが、何かがあって待たせるわけには行かないので駅前のベンチに座って待つ。
そのまま待つ事40分。
秀慶の前に黒いバンが止まるのである。
そしてバンの扉が開くと、チンピラ風の男が出て来て秀慶の近くまで駆け寄ってくる。
「オヤジから話を聞いてると思いますが、向かいに来た幸綱興業の若衆をやってる《中崎 一》って言います」
「中崎の兄貴っすね! 自分は今日からお世話になる若輩者の《木上 秀慶》って言います!」
「兄貴なんて身分じゃないっすよ。とりあえず車に乗って走りながら話をしましょう」
どんな人が来るのかと秀慶は緊張していたが、思ったよりも物腰の柔らかい人だった。
最初が肝心だと思った秀慶は、人が不快にならないレベルの機嫌取りをするのである。
兄貴という言葉に中崎は気分を良くしている。
「それにしても荷物は無いっすか?」
「えぇ自分に持ってくるような荷物はないんで、とりあえず身1つという事で」
「まぁそれなら良いっすけどね。ここから静岡の事務所までは2時間弱くらいなんで、ゆっくりして下さい」
ゆっくりして良いと言われても油断はできない。
ここでイビキをかきながら寝るなんて事をして、もし報告なんてされたら出世の道は閉ざされる。
だから目をギンギンにしながら背筋を伸ばして乗る。
そんな隣で中崎は、これみよがしにグーグーッとイビキをかきながら爆睡しているのである。
秀慶はマジかと思ったが、これはこれかと黙る。
そのまま車に揺られる事、1時間50分で幸綱興業の事務所がある静岡県浜松市に到着した。
幸綱興業の本部は浜松市内の雑居ビルにある。
秀慶を乗せた車は、その雑居ビルの前で止まって自分の手で車の扉を開けるのだ。
そして中崎の案内で事務所の中に入る。
すると社長席に幸綱がドシッと座っていた。
「幸綱の親分っ! こんな若輩者に、声をかけていただきありがとうございます!」
「おぉ! あの喧嘩ぶりと心意気に惚れたんだ。早速、お前と親子の盃を交わしてやる!」
「よろしくお願いします!」
幸綱は子分に言って直ぐに日本酒と盃を用意させる。
そして秀慶をソファに座らせ日本酒を盃に注ぎ、満を持して幸綱が盃に口を付けてから秀慶の前に置く。
「親《松慕 幸綱》から盃が下ろされました、子《木上 秀慶》は覚悟が決まりましたら三口半で飲み干し、懐中深くお納めください! どうぞ!」
取り仕切り人からの声掛けを聞いてから、秀慶は盃をゴクゴクゴクッと三口半で飲み干す。
それから盃を和紙に包んで懐にスッとしまう。
そして幸綱に「親分、よろしくお願いします!」と頭を深々と下げて挨拶をするのである。
これに幸綱は「おう!」と笑みを浮かべ答える。
「いきなり浜松に来たから住むところは、当たり前だが無いだろ?」
「えぇ緊急で住むところを探します」
「今日はどうするんだ?」
「今日のところはホテルにでも泊まりますよ。金なら少しですが持ってますから」
幸綱は住むところは無いだろうと確認するので、もちろんなくて探すと秀慶は言った。
それに対して幸綱は「上に住んだら良い」と返す。
この雑居ビルは幸綱興業が買い占めている物件で、上には住み込みの若い衆たちがいる。
その話を聞いた秀慶は「良いんですか!?」と、その話に乗る事にしたのである。
「良いに決まってるだろ? お前には期待してるんだ。少しの間、若い衆として修行をしてから直ぐにでも護衛兼組長付きとして役職を与えようと思ってる」
「え!? そ そうなんですか……それは少し時期尚早のような気がするですが………」
「そんな事は無いさ! ヤクザの世界っていうのは実力主義だからな。どれだけ若かろうが、実力がある人間は上に上がるっていうのが鉄則なんだよ」
幸綱は秀慶の事を相当買っているみたいだ。
破格な待遇でや改修の修行ののちに、この幸綱の護衛と組長付きとして昇格させると言うのである。
15歳の若造にしては時期尚早も時期尚早という感じで、これが期待しているという態度の現れだ。