018:入佐という男
秀慶と一彦は東京駅に行って蜂巣と合流する。
蜂巣から秀慶が見えた瞬間、蜂巣は走って秀慶に駆け寄って間違われるくらいの勢いでハグしてくる。
周りの目が気になり秀慶は「あははは」と困惑する。
困っていると蜂巣はグッと秀慶の肩を掴んで、顔をよく見るように引き剥がすのである。
「やっとかめ……ってわけじゃにゃーか。それよりも遅れちまって申し訳なかったな!」
「いやいや! こっちも昼飯を食いに離れてしまったから待たせて悪かったな」
「それじゃあ車も用意してあるで、それに乗って入佐が滞在しとるホテルに向かう」
1週間前に会っているので、そこまで久しぶりという感じではないが、とりあえずテンション感は合わせる。
そして蜂巣は若い衆に指示し、借りたレンタカーを駅前に回させるのである。
「そっちの若い衆さんに任せても良いのか? 俺か、一彦で運転するぞ?」
「そんなの気にしたらいかんがね! こっちの若い衆に運転させるで気にするんじゃにゃーわ!」
「わ 分かった……それじゃあお任せしようかな」
蜂巣のところの若い衆に、車の運転を任せっきりになるのは悪いと、秀慶は変わろうかと聞いた。
しかし手を左右に振って問題ないと大笑いする。
それじゃあというわけで任せる事にした。
秀慶は蜂巣と共に後部座席に座り、キチンとシートベルトを締めて出発する。
これは面倒な事で警察に捕まらないようにする為だ。
「それで入佐は、まだそのホテルにいるんだよな?」
「あぁウチの若いのを先に行かせて、ホテル前で見張らせとるで問題にゃー。ホテルを出たら、知らせるようにも伝えとるでな」
「そういう事か、さすがは兄弟だ。ちゃんと抜かりなく裏工作をしてるもんなぁ」
蜂巣は若い衆をホテル前に張らせているので、外には出ておらずホテル内にいるという確証がある。
脳筋そうに見えて、ちゃんと準備をしているんだと秀慶は蜂巣の有望さを再確認した。
そのまま東京駅からホテルがある船橋市に、40分くらいで到着するのである。
「ここが例の入佐がいるホテルなんだな? さすがに部屋数までは分かって無いよな?」
「いや、そこについても抜かりのう調べてあるに。8階の806号室に男は泊まっとる」
「またまたさすがは兄弟だ……」
「ささ! 早速、クソ豚を捕みゃーに行こうがね」
ホテルの部屋番号までは知らないだろうと思っていたが、蜂巣はキチンと調べさせていた。
さすがは兄弟だと秀慶は蜂巣の肩をドンッと叩く。
そのまま合計5人でホテル内に入って、例の入佐がいる806号室に向かうのである。
周りに見つかるのは面倒なので、怪しまれないように堂々としながら部屋の前まで向かう。
そして806号室の前に立つ。
秀慶と蜂巣は互いに見合ってから、秀慶がスッと手を前に出してノックするのを蜂巣に任せた。
仕方ないと蜂巣がノックをした。
しかし反応は無い。
「あれ? 反応がにゃーな……外に出とらんのは確かなんだけどな………風呂か、トイレか?」
「確かにその可能性があるな。とりあえず時間をおいて、もう1回……兄弟っ!?」
ホテルの外に出ていないという事は、トイレとか風呂とか寝ているのかもしれない。
秀慶は無反応なのを聞いてから、時間を置いて出直そうと蜂巣の肩をポンッと叩く。
しかし蜂巣はドアノブをガチャッと開く。
するとオートロックでは無いので、鍵が空いていればドアノブが回るのである。
少しの期待からだろう。
ドアノブを回してみると鍵がかかっていなかった。
「こういう事ができるのが、ヤクザのええところだろ?
「た 確かに一理あるな……」
「さぁさぁ中に入ろうじゃにゃーか」
こんな違法行為をできるのが、ヤクザの良いところだと蜂巣は笑いながら言うのである。
秀慶は若干、押されながら同意する。
そして秀慶が納得したのを確認してから蜂巣は、扉を開けて部屋の中に踏み入るのだ。
すると蜂巣は「クッソ……」と呟いた。
秀慶は何なのかと蜂巣に「どうした?」と聞く。
「最悪な事態だ。ムカつくが入佐に先手を打たれた」
「ど どういう事だよ! ちょっと見せてくれ……こ これはどうなってんだよ………」
「ワシらに張られとるのに勘づいて、もう逃げられてゃー思い自殺をしたってところか……」
バスルームのドアノブに、ネクタイを巻きつけて入佐と思われる小太りの男が首を吊っていた。
蜂巣が素手で触らずに、布を通して触ってみると既に脈がなく死んでいるのを確認するのである。
2人の考え的には、追い込まれての自殺だと考える。
「それでも部屋の中には、何か手掛かりがあるかもしれないからな。ちょっと調べてみないか?」
「あぁこのままだったら、ただ東京観光をして帰るだけの旅行になっちまうでな」
このまま何も収穫なしで、静岡には帰れないと秀慶は部屋の中を調べて手土産を探そうと言う。
蜂巣も同感だと言って、部屋の中に全員である。
すると秀慶は、ある物を見つけた。
それはバキバキに壊されているパソコンだ。
「これはもしかしたら自殺ではなく……」
「殺された……っていう事か? 確かに、それも考えられてかん」
「まぁバキバキになってはいるけど、まだ何か引き出せる可能性はある」
「ん? こんな状態から何かを引き出せるのか?」
バキバキに壊れているパソコンを見て、もしかしたら殺された可能性があると思った。
何か不都合な事がバレたくない人間の手によって、入佐は殺害されたと秀慶は考えている。
しかし秀慶は壊されているが、ここからでも情報が手に入るかもしれないと自慢げな顔をする。
「俺の後輩に、パソコンとかに詳しいオタクって言われてる人間がいるんだ。ソイツに頼んで壊れていても、情報をダウンロードできるソフトウェアを作って貰った」
「つまりそれを使やあ、コイツのパソコンの中身を調べられるって事なんだな?」
「まぁそれはデータを保存しておくところが壊れていなかったらの話だけどな」
秀慶は後輩に、パソコンとか機械系に詳しいオタクと呼ばれる人間がいて、その人間に頼んで壊れたパソコンでも情報を抜き出せるUSBメモリを作って貰っていた。
それもメモリーが壊れていなければの話だが。
とりあえずUSBを刺すところは壊れていない。
壊れていないでくれと頼みながら、秀慶はUSBをグサッと刺してみるのである。
するとダウンロードしているのが確認できる、赤いライトが点滅したので壊れていなかった。
「おぉ! これは上手うダウンロードされとるんじゃにゃーのか!」
「あぁ確かに上手くいってる可能性がある」
上手くダウンロードされている事に、蜂巣たちは喜んでいるのである。
ダウンロードが終わるのに50分弱かかった。
それが終わり次第、秀慶たちは急いで車に戻る。
自分たちが殺したと思われるのは困るからだ。
そして車に戻ると東京駅に向かって出発した。
その車内で秀慶が持ってきたパソコンに、さっき使ったUSBメモリーを刺して内容を確認する。
謎のファイルがダウンロードしてあり、そのファイルをクリックしてみた。
するとそこには入佐の取引先について書いてあった。
「こ これは……入佐が取引をしていたリストか!」
「これはええぞ! 想定しとったよりも遥かにええ情報だ!」
蜂巣はリフトを手に入れて興奮しており、良い仕事をしたと秀慶の肩に手を置くのである。
しかし秀慶は顔面蒼白で固まっている。
どうかしたのかと蜂巣は、秀慶が見ている画面に目をやってみると「あっ……」と納得した。
その瞬間、秀慶のスマホが鳴る。
「オヤジからだ……もしもし? どうかしましたか?」
『今ちょっと良いか?』
「えぇ問題ないですが……どうかしましたか?」
『智和が……智和が死んだ』
幸綱の声は震えていた。
何か嫌な予感がしながら話を聞いてみると、智和総本部長が死んだと聞こえてきたのである。
秀慶は「え?……」とスマホを床に落とした。