017:鰻屋
秀慶は一彦を連れ、浅草の鰻屋にやって来ていた。
総本部長代行である秀慶は1番高いメニューを頼み、まだ若い衆である一彦は比較的安いやつを頼んだ。
2人して「美味い!」と言いながらバクバク食べる。
3日、飯を食べてないんじゃないかというくらいの勢いで鰻重を完食するのである。
「だ 代行……おかわりしてもいいですか?」
「俺も思ってたところだ! 一緒にしようや!」
一彦は一杯では足りず、おかわりして良いかと聞く。
自分も一杯では足りないと秀慶が許可する。
2人が同じのを頼む。
その間に、これからについての話を一彦は聞いた。
「これからどうするんですか? 蜂巣の親分と合流したら、千葉に行くんですよね?」
「あぁそうだ。兄弟と合流したら、入佐が滞在しているだろう千葉のホテルに向かう」
「そこで総本部長を弾いた人間を聞き出すんですね!」
これから入佐を捕まえて、智和総本部長に弾きを向けた人間について聞き出すという。
その為の決起会と言ったところだ。
だから腹一杯食べて気合を入れるのである。
こんな話をしていると秀慶たちのところに、高そうなスーツに身を包んだ男たちがやって来た。
その男たちの先頭に立っている男は、明らかに見た目とオーラからしてヤクザだと分かった。
「俺たちに、なんか用でもあるんすか?」
「浅草の鰻は美味いだろ?」
「あ あぁ……それがなんだよ?」
「お前ら、ここら辺の人間じゃないだろ? それに俺たちと同業者だ」
いきなり鰻は美味いだろと言って来たので、秀慶は反射的に「美味い」と返した。
しかし何で声をかけて来たのかと我に帰って思う。
何か用事があるのかと聞いてみたら、男は直ぐに秀慶たちがヤクザである事を言い当てた。
それだけじゃなく、ここら辺の人間ではない事も言い当てて、男は不敵な笑みを浮かべている。
「よく俺たちが、ヤクザだって分かったな?」
「そんなの簡単だわ。お前、若いくせに全身から殺気がプンプンに出てんだよ」
秀慶は自分がヤクザだと「よく分かったな」という。
すると男は全身から殺気がプンプンに出てるから、遠くから見てもヤクザだと分かると言われてしまった。
まさか殺気が出ているとは思わなかった秀慶は、ゴホンッと咳は払いをしてから水を飲む。
そして男に、なんか用があるのかと聞いた。
「それで俺たちに何の用だよ? 喧嘩なら、いくらでも買ってやっても良いんだぜ?」
「おいおい、そんなに凄むなよ。こっちは只者じゃない人間を見つけたから、ちょっと声をかけただけだよ」
「アンタこそ……只者じゃねぇだろ? どこの誰だ?」
「俺か? 俺は4代目後北連合で理事長をやってる《大童子 茂雄》って者だ」
「なっ!? 後北連合の理事長!?」
この4代目後北連合とは東京都・神奈川県・埼玉県と、静岡県・群馬県の一部をナワバリとする老舗団体。
そこの理事長が目の前にいて秀慶は驚く。
さすがに、そんな大きな組織の理事長に無礼をしてしまったら、親分である幸綱の名に泥を塗る。
その為、立ち上がって頭を下げて挨拶をする。
「大童子理事長とは知らずに、無礼を働いて申し訳ありませんでした。名乗りが遅れましたが、自分は3代目海道会直系剛隆会内幸綱興業で、総本部長代行を勤めさせていただいている《木上 秀慶》と申します!」
「おぉ! 海道会の人間か!」
「えぇ枝も枝の若い衆ですが、海道会の末席で任侠道を学ばせていただいております」
秀慶は丁寧に名乗った。
海道会の名前を聞いた瞬間、大童子理事長の眉がピクッと動き、一瞬空気が固まった。
だが直ぐに「あぁ!」と納得したような声を上げてから、海道会の人間なのかと噛み締めるように言う。
「海道会の若い衆が、こんなところで何してんだ? さっきの殺気を感じさせる佇まいをしてたって事は、ただ東京観光に来たわけじゃないんだろ?」
「まぁそれは確かに理事長のいう通りです……」
海道会の人間だと理解した上で、大童子理事長は海道会の若い衆が何の用なのかとニヤニヤしながら聞く。
さっきの殺気を見た上で予想を言ってくる。
これは隠しきれないと思った秀慶は、少しトーンを落としながら大童子理事長の言う通りだと返した。
すると「やっぱり!」と大童子理事長は指を鳴らす。
「まさかウチと喧嘩する為に、情報を集めに来たわけじゃないだろうな? それなら潰しておく必要がある」
「詳しい話はできかねますけど、これだけは言える事があります……後北連合さんと喧嘩をしに来たわけじゃないんですよ」
「ほぉ? なら何をしに来たのか、細かく言わなくて良いから大まかに言ってみろ」
「はぁ……うちの総本部長を弾いた人間に関わりがある男が、関東にいるって聞いたんで来たんですよ」
念には念をという事で喧嘩をしに来たわけじゃないというのを強調して伝えるのである。
それを聞いた大童子理事長は、詳しくは聞かないから大まかに理由を話すように言ってくる。
秀慶は「はぁ……」と溜息を吐いてから説明する。
もちろん細かくは言わないが、弾いた人間が関東にいるという事だけを大童子理事長に伝えた。
「そうかそうか、それは絡んで悪かったな。お前たちも話せない事があるだろうから、これ以上の詮索はしないが……何か怪しい動きをしたら、俺たちの耳に入るって事だけは忘れないでくれよ」
「えぇ肝に銘じておきますよ」
「おう! それじゃあ悪かった、これで失礼するよ」
大童子理事長は絡んで悪かったと謝ってから、何か変な事をしたら自分たちの耳に入ると脅しも入れる。
普通の人間だったらガクブルしてもおかしくない。
しかし秀慶はジッと大童子理事長の目を見つめながら肝に銘じておくと言い返した。
さっきまで険しい顔をしていた大童子理事長は、ニコッと笑みを浮かべながら「おう!」と言って、秀慶たちがいる鰻屋を出ていくのである。
大童子理事長たちが居なくなったところで、おかわりの鰻重が届いて何とも言えない感じとなってしまう。
とりあえず食べないわけにもいかないので、秀慶は箸を持って鰻重を口の中にかき込んでいくのである。
一彦も遅れてはいけないとバクバク食べる。
秀慶は「悔しいが美味いな!」と言いながら5分とかからずに、おかわりも完食するのである。
一気に食べたので「ふぅ〜」と食休みをする。
「いやぁ色々とあったけど、この店を選んで良かった」
「確かに美味しかったですね!」
ちょっと食休みをしようとした瞬間、懐に入れているスマホが鳴ったのである。
懐から出して画面を確認すると蜂巣からだった。
急いで出るボタンを押してから耳に当て「もしもし」と言うと、向こう口から「おぉ兄弟!」と聞こえる。
『もう少しで東京に着くわ! 兄弟はどこにおるん?』
「浅草だから、今から東京駅に向かうわ」
『分かった! 東京駅を出たところで待っててくれ』
ちょうど良いタイミングで、蜂巣から到着すると連絡が入ったので、一彦を連れて東京駅へと戻っていく。