015:兄弟盃
男とのタイマンを終えた秀慶は、ガールズバーの店前に置いて帰るわけにはいかないので連れていく為に、秀慶は男を「よっこらしょっ!」と背負った。
そしてとりあえず幸綱に報告をしてから事務所に連れて帰れないので、近くの自分のアパートに連れていく。
「はぁ……こんな面倒なオッサンと、タイマンなんてするんじゃなかったなぁ」
家に着いた秀慶は、ベットに適当に投げ飛ばす。
ここまで運んでくるにも疲れたので、冷蔵庫からビールを出してグビグビと飲むのである。
そんなこんなで40分が過ぎたくらいで、男はムクッと機械のように、いきなり起き上がった。
「あぁ痛ててて……ここは?」
「俺の家だよ! テメェが無惨にも気を失ったから、仕方なく連れてきてやったんだよ」
「おぉそれは悪かったな! それにしても10代の若者にしてはどえりゃー強かったなあ」
「そりゃあどうも……アンタこそ40にしては、ヤンチャな喧嘩だったよ」
目を覚ました男は、秀慶の説明を聞いてタイマンの内容を頭の中で振り返るのである。
そして10代とは思えない喧嘩だったと称した。
それを聞いた秀慶は褒められているが、男が40代とは思えないようなヤンチャな喧嘩をした方が印象的だ。
「それで俺が勝ったんだから約束は守って貰うぞ? アンタは、一体どこの誰なんだ?」
「おぉそうだった! ワシは……天波会の幹部をやっとる《蜂巣 勝治》じゃ!」
「なっ!? 天波会だって!?」
衝撃だった。
男の正体が、まさかの天波会の幹部だったのだ。
あまりの衝撃に秀慶は、言葉を失って蜂巣をジッと怪訝な目で見ているのである。
とりあえず黙っているわけにもいかないので、秀慶はゴホンッと咳払いをしてから喋り始める。
「どうして天波会の幹部さんが幸綱興業……海道会のシマ内に来てんだよ! 話によっては上に報告するぞ」
「まぁまぁそんなに目くじらを立てたらいかんがね。ワシは別に海道会と喧嘩をしに来たわけじゃにゃーだわ」
「じゃあどうしてシマ内に来てんだよ? その理由を説明して貰わなきゃ疑いは晴らせねぇぞ!」
「そうかぁ、説明せな納得してくれんか。ほんなら……ワシと五分の兄弟盃を交わさんか?」
またまた蜂巣の口から驚きの単語が出てきた。
それは蜂巣が五分の兄弟盃を交わさないかと、秀慶に交渉して来たのである。
あまりの衝撃に「は?」と言葉が漏れる。
何を言っているのかという感じで頭を抱える。
「アンタは何を言ってんだ? 俺たちは敵対してるんだぞ? それなのに五分の兄弟盃って……あと貫目が違いすぎて、アンタが笑われるだろ?」
「若い癖に細きゃー事を気にすんだなぁ。上の人間たちが勝手に敵対視しとるだけで、ワシらが盃を交わすのに何の問題もにゃー思うに? それに貫目なんて尚更、関係にゃーわ!」
「いやぁそんな事を言ってもな……本気で俺と兄弟盃を交わそうって言ってんのか?」
「もちろんだ! ワシは嘘がどえりゃー嫌いだでな。そんな嫌いな嘘をワシが吐くなんて思うか?」
秀慶としては組織が敵対している上に、天波会の幹部と海道会で枝の枝の若い衆では貫目が違いすぎる。
これでは蜂巣が笑われてしまうだろうと意見した。
しかし蜂巣は上層部同士が揉めているだけで、秀慶と蜂巣が敵対しているわけじゃないと言って、さらに貫目も気にする事じゃないと大胆に笑いながら言う。
最終確認として本気で言っているのかを秀慶は聞く。
それに迷う事なく後悔はしないと返答するのである。
「兄弟盃を交わせば、何でシマ内にいるのかを教えてくれるんだな?」
「あぁ男に二言はなし! さすがに全てを洗いざりゃー話すわけにはいかんが、納得するだけの情報を教える」
「分かった、その言葉を信じる……それじゃあ五分の兄弟盃を交わそう!」
秀慶は蜂巣と五分の兄弟盃を交わすと決意した。
この決断に蜂巣は自分の膝を叩きながら「良くぞ、その判断をした!」と大笑いしながら喜んでいる。
早速だが秀慶は兄弟盃を交わす為に、キッチンにあるお猪口と日本酒を持ってテーブルの上に置く。
「それじゃあこれからワシらは、五分の兄弟となる! その覚悟ができたならば、一気に飲み干し懐中深うに納めわ!」
蜂巣の掛け声と共に、2人は一気に飲み干す。
そしてグッと懐に、お猪口をしまって深々と互いに向かって頭を下げて挨拶のようなものを交わす。
簡単な形式ではあるが、兄弟盃が終わったところで蜂巣はスッと握手を求める為に手を出して来た。
恥ずかしがりながらも秀慶も手を差し伸ばして握手をすると、蜂巣はニコッと笑って満足した顔がする。
「じゃあ海道会のシマ内に来た理由を説明するか」
「よ よろしく!」
「実は、まだ公に公表しとらんわけだが……2代目天波会の跡目に就いたのは実子の《織波 吉信》だ」
一通り盃が終わったところで、蜂巣は自分が海道会のシマ内に来た理由を説明しようとする。
その前提の話として天波会の2代目を継いだのは、若頭だった《柴崎 勝俊》ではなく、初代の実子である暴れん坊の狂人と名高い吉信だという。
まさか2代目が吉信だとは思わなかった秀慶は、手を顎に置いて「うーん……」と唸るのである。
「その話を前提として、吉信会長は身内の整理を開始したんだ。その際、天波会では厳禁な薬を売買しとる人間がおって、その人間と繋がっとる男について調べに来たんだ」
「まさかその男の名前って……」
「ふざけた名前のように聞こえるが……《入佐 デイビッド》っていう小太りのオッサンだ」
「やっぱりか……」
吉信は2代目を継いだタイミングで、身内にいる組を割りそうな人間を整理したという。
その際に天波会では御法度な薬物が出回っている事に気がついて詳しく調べたらしい。
広げていた組員を拷問にかけた際、その組員たちに悪知恵を吹き込んだ男がいるとの事だ。
男の名は《入佐 デイビッド》である。
嫌な予感がしていた秀慶は、どこまでも入佐という男は裏社会にズブズブなんだと分かった。
「なんだ兄弟も知ってんのか」
「あぁその男がウチの総本部長を、弾いた人間に大きく関係してるって話だ……なぁ! その男について知ってる情報があれば教えてくれないか!」
「確かに自分のところの総本部長を弾かれたとなると、メンツどころの話じゃにゃーわな……兄弟には特別に教えてやる! 入佐は千葉におる!」
「それは本当か!? その情報を聞いただけで、とてつもなくありがたい……」
秀慶は蜂巣に幸綱興業の総本部長が弾かれた際、大きく関係している入佐が関わっている事を伝えた。
それを聞いた蜂巣は、総本部長が弾かれたとなると黙ってはいられないだろうと納得する。
そこで入佐についての情報を伝える。
しかも入佐は千葉県にいるという重大な情報だ。
秀慶は蜂巣にあってから驚かされる事ばかりで、とてもじゃないが、ここ数時間で疲労感が半端ない。
「この情報をオヤジに伝えても良いか? 兄弟の名前はオヤジに出さないからさ」
「別に出いても問題にゃーぞ。その入佐ってのは相当、裏の世界でバイヤーとして名が知られとる奴だしな」
「それじゃあ事務所に戻るわ!」
「おう! ワシもこれで失礼する。まだまだ入佐について調べなあかん事があるしな」
秀慶は幸綱に情報を話して良いかと許可を得ようとすると、思っていたよりも簡単にオッケーを出した。
とりあえず2人ともやる事があるので、秀慶の家の前で解散する事になったのである。