014:スイッチ
秀慶は男とタイマンする事になった。
秀慶が勝てば男について正体が知れて、秀慶が負けたら男の舎弟になるという賭けをする。
しかし側から見たら、こんな馬鹿げたタイマンをやる意味が無いと思われるだろう。
その通りだ。
このタイマンは全くもってする必要がない。
だが今の秀慶は智和総本部長が、目を覚ましたという事や返をさせてあげたいという気持ちで興奮している。
その結果が、このタイマンを受けさせたのだ。
「オッサン、負けたからって歳のせいにしたりするんじゃないぞ? そんな見苦しい真似したら、息の根止めるくらいボコボコにしてやるからな!」
「それはこっちのセリフだ! 歳の差があるワシに、負けたでって逃げ出すんじゃねえぞ。キッチリと舎弟になって、ワシの駒使いになって貰うに!」
「それくらいじゃないと面白くない! 久しぶりに不良時代の血が騒ぐわ……暴れさせて貰うぞ!」
秀慶と男は睨み合っているのである。
2人とも表情は、タイマンが始まるのかと目を疑うくらいに笑みを浮かべているのだ。
そして互いに仕掛けるタイミングを図っている。
すると2人の間に、シーンッという音が聞こえてくるのでは無いかと思うくらいに静まり返っている。
先に動き出したのは男の方だった。
男は「うりゃああああ!!!」と叫び声をあげ、右腕を振り上げながら走ってくる。
それに対して秀慶はグッと右脚を後ろに下げる。
これは完全に男を迎え撃つ準備を整えている。
男との間合いが詰まったところで、男は右腕を斜め下にいる秀慶に向かって振り下ろす。
巨体から出るパンチの速さでは無い。
「(うお!? オッサンにしては速いな……でも、まだ真っ直ぐで読みやすい!)」
秀慶は体を斜めにスウェイする事で、男の拳を避けると共に男の顔面に向かってカウンターの拳を入れる。
綺麗に男の顔面のド真ん中に叩き込んだ。
それにより男の顔面は跳ね上がり、鼻と口からは血をブハッと吐き出して後ろに蹌踉めくのである。
「この威力のパンチはやっとかめだ! まさかこんなガキに、こんなパンチを喰らうとは思わなんだな……面白いじゃねえか」
「それはこっちのセリフだ! オッサン、アンタは一体何歳なんだよ?」
「ワシか? ワシは今年で41歳だ」
「はぁ? これが41歳のパンチ力かよ……こりゃあ最初からフルギアで行かないと殺されんな」
男は自分の鼻を腕で拭うと、こんなパンチを喰らったのは久しぶりだと言って満面の笑みを溢す。
それに対して秀慶は、男の年齢を聞いた。
帰ってきたら41歳という言葉に衝撃を受ける。
これが本当に41歳が放って良いパンチなのかと、若干ではあるが引いてしまうのである。
そして殺す気で行かなきゃ殺されると本能が語る。
少し間が空いてから、また男の方から仕掛ける。
両腕をブンブンッと大振りで振り回していて、避けられてカウンターを喰らうのも覚悟の戦闘方法だ。
こんな雑でありながら大胆な戦いぶりをするのは、そう簡単にできるものでは無いだろう。
相当な場数と自信がなければできない。
しかしこれがもしも当たっとすれば、秀慶といえども1発で気持ち良くなるかもしれない。
こちらも手を出さなきゃダメだと秀慶は、男の振り終わりに狙いを定めてカウンターを入れ込む。
さっきとは異なり男は怯まずに突っ込んでくる。
これでは埒が明かないと思った秀慶は、ヤクザらしい戦い方をしてやると金的に蹴りをブチ込もうとした。
だが男は左手で秀慶の足をグッと掴み、そのまま防げない秀慶の顔面にパンチを叩き込むのである。
それによって秀慶は綺麗に吹き飛んでいった。
「どうだワシのパンチは効くだろ! 綺麗に入ったで、もうこれで終わりだろ」
男は綺麗なパンチが、秀慶の顔面にクリーンヒットして吹き飛んでいったので終わりだと思った。
しかしゆっくりであるが秀慶は立ち上がった。
まさか立ち上がるとは思わなかった男は、立ち上がる秀慶の姿を見て「おぉ〜」と感心するのである。
「さっきのを受けても立ち上がるのか……ガキのわりには、どえりゃー根性がある男じゃにゃーか」
「舐めんじゃねぇよ。こんな程度の低いパンチを喰らって眠ってたら、極道としての名が廃るわ!」
「肝が座っとるええ男じゃねえか! それならこっから第2ラウンドと行こうじゃねえか!」
立ち上がった秀慶に男は、ここからが第2ラウンドだと言って指の骨をポキポキと鳴らす。
秀慶は脳が揺れた事で、体がポワポワしているので首を回してから頬を強く叩くのである。
すると今度は秀慶から攻撃を仕掛ける。
男に向かって猛ダッシュすると、一気に男の胸に目掛けて飛び蹴りをかまそうとする。
男は防げないと感じ、体を斜めにして蹴りを避ける。
秀慶は着地した瞬間、体を捻る勢いを使って男の顔面に向かって回し蹴りを繰り出すのである。
しかしその攻撃を男は、両手を側頭部にガードとして持っていき防いだ。
この間合いで戦ったらマズイと思った男は、わざとあたりもしないと分かっていながら右拳を振るった。
秀慶は後ろにスッと下がって間合いをとる。
1度は間合いをとったが、やはり遠い間合いでは身長差のある男との戦いでは振りだと思った。
「(体格と見た目の割に、戦い方は脳筋ってわけじゃないみたいだな……腹立つけど、俺の動きに対応しながら攻撃してきやがる!)」
秀慶はフゥと息を吐きながら男に向かって飛び出す。
懐に入り込もうとした瞬間、入られたくない男は左右の連打を打ち込んでこようとする。
それを秀慶は全て避けて懐に到達すると、渾身のボディブローを男の鳩尾にブチ込んだ。
男の腹筋は鉄のように硬かったが、それでもどうやらダメージが入ったらしく後ろに蹌踉めく。
すかさず秀慶は男の顔面に飛び蹴りをかまし、立て続けに顔面に左右の連打を打ち込む。
狂ったように男の顔面に連打を叩き込む。
男の両手がダラッと下がって、ボクシングでいうところのスタンディングダウンという感じだ。
もう正気を失っている秀慶を、ガールズバーの支配人のような人が止めに入るのである。
「も もう止めた方が良いです! その人、もう意識がありませんよ!」
「あ あぁ……すみません」
「いえ……」
支配人に止められたところで、秀慶は我に返って男を殴るのをスッと止めるのである。
倒れている男の顔を見た秀慶は、さすがにやり過ぎたかと少しだけ反省するのだ。
しかしこんな状態じゃあ話が聞けないと溜息を吐く。
「店前で面倒ごとを起こしてしまって申し訳ない。今度お詫びに参りますので、これで失礼します」
「そんなに気にしないで下さい! 松慕の親分さんに、どうぞよろしくお伝え下さい」
「ありがとうございます」
これ以上、店前で面倒を起こせないと思った秀慶は、男を背負って店を後にするのである。