011:出向く
天王会の事務所に警視庁のトップである警視総監が、まさかのお忍びでやって来たのである。
警視総監が、わざわざやって来たので仰木も正装をして直々に事務所に迎え入れる。
仰木もイカつい顔をしているが、警視総監もイカつい顔をしているので、どっちがヤクザか分からない。
「仰木会長、わざわざ俺の為に時間を使っていただき感謝いたします」
「いやいや秋山警視総監、わざわざ京都まで来て下さったのに、ワシ来いひんのはおかしいやろ?」
入り口で迎え入れた仰木は秋山警視総監を早速、1番豪華な応接室に案内するのである。
そして両者が席について高級なお茶を出す。
ズズズッとお茶を啜って落ち着いたところで、2人は話し合いを開始するのである。
「まどろっこしい前話は飛ばさせて貰いますよ」
「えぇ私もめんどい話ってのは好きやないさかい、単刀直入な話し合いをしていきまひょ」
「それでは本題を話しますが……そろそろ静岡での抗争を止めてもらえませんか? このままでは海道会だけではなく日本全土の任侠団体………つまり仰木会長にも逮捕の手が巡ってくるというわけです」
「うちの権威を使うて静岡の戦争を止めて欲しいと? 確かに話の内容は理解できる……そやけどプライドをズタズタにやられた海道会が、我々のいう事を素直に聞くとは思えんで?」
秋山警視総監は面倒な前置きは無しで、直ぐに本題に入らせて貰うと真剣な顔をしていうのだ。
その言葉に同感だと仰木会長は納得する。
そして警視総監が、ここに来た理由は明白である。
静岡で起こっている海道会を中心とする抗争を、どうにか仰木会長の権威を使って止めて欲しいと言う。
この頼みに仰木会長は、話として理解できるとした上で、プライドを大きく傷つけられた海道会がいう事を聞くとは思えないと仰木会長は言うのである。
「それは我々としても無理を言っているのは理解しているつもりです。しかし是非とも会長には、本当の任侠道というのを見せては貰えませんか? どうかよろしくお願いします」
秋山警視総監は無理を言っているのは理解しているのだが、それでもカタギの人たちの事を考えて欲しいと仰木会長に向かって深々と頭を下げる。
「わかりました! 秋山はんが、そこまで言わはるのなら、うちの権威を遺憾のう使うて抗争を終結させます」
「本当ですか? 感謝してもしきれません。どうぞ、よろしくお願いします」
秋山警視総監の誠意が伝わったのか、仰木会長は自分の権威を大いに使って止めてみせると約束した。
それを聞いて安心した秋山警視総監は、スッと立ち上がって改めて頭を下げて感謝する。
この光景を見た仰木会長は懐から、スッと分厚い茶封筒を出して秋山警視総監に渡すのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
鉄砲玉をやり遂げた秀慶は、3日間は警察に見つからないように地下に潜伏していた。
そして3日が経ったところで幸綱興業の事務所に戻って正式に、幸綱に今回の件についての報告をする。
「なに? 業力は本当に《入佐 デイビッド》という人間の命令で、チャカを用意したと言ったのか?」
「はい、にわかには信じられませんでしたが……どうにも悪あがきで嘘を吐いたようには思えません」
「そうか、さらに裏に人間が居たとはな」
秀慶は業力の後ろに入佐という男がいるのを報告し、その情報が本当である可能性が高いとした。
それを聞いて幸綱は、業力のバックに別の人間が居たとは頭を抱える事態になったと溜息を吐く。
「しかし秀慶の仕事は見事と言わざるを得ない! そこで秀慶には総本部長代行になって貰う!」
「ちょ ちょっと待って下さい! まだ幸綱興業に入って2ヶ月の人間に、総本部長代行を任せるんですか!?」
幸綱は面倒な事になっているのは置いといて、秀慶の今回の仕事は素晴らしいものだと称した。
そこで秀慶には智和が入院している間、総本部長代行として役職に就いて貰うと言うのである。
この異例な昇格に敕晁若頭が異議を唱える。
「なんだ、敕晁? 俺の決定に不満でもあるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないですが……この決定には他の組員たちが不満を漏らすと思いますよ? さすがに秀慶を、総本部長代行にするのは時期尚早かと」
「今回の襲撃に関して文句があるのか? 普通ならば撃ったら、ただ逃げるだけの人間が多い中で、秀慶は業力の後ろに入佐という男がいるのを見つけたんだぞ? これが昇格の理由だが、それでも文句はあるか?」
幸綱が敕晁に自分の決定に文句があるのかと言うと、敕晁は冷や汗を垂らしながら動揺する。
しかし他の組員たちが文句を垂らすと言うのだ。
その否定的な意見に、幸綱は総本部長代行に選んだ理由を丁寧に説明したのである。
これを言われてしまったら敕晁は何も言えない。
「秀慶も文句は無いな? 今回はごねらずに、総本部長代行の職に就いてくれるか?」
「はい! 智和の兄貴が復帰するまで、自分が微力ながら最善を尽くさせていただきます!」
「よし! よく言ったぞ!」
幸綱は組長付きの時に渋られているので、今回は渋らずに受けてくれるかと聞くのだ。
すると秀慶は深々と綺麗なフォームで頭を下げる。
今回は智和の事があるので、智和が組に復帰するまでの間、自分が最善を尽くすと宣言するのである。
「総本部長の代行も決まった事だし、今からは入佐という男について調べろ! その男が海道会に喧嘩を売った張本人の可能性が高い! 是が非でも入佐という男を全力で見つけ出せ!」
『はいっ!!!』
幸綱は智和の代わりも決まったところで、秀慶が掴んだ入佐という男について調べるように指示を出す。
その指示に組員たちは大きな声で返事をする。
若い衆たちはゾロゾロと事務所を後にして、その入佐という男についての情報を集めに向かった。
「オヤジ、入佐という男を調べる前に……行きたいところがあるんですが良いですか?」
「あぁ智和のところだろ? もちろん代行になったと報告してから仕事に入れ」
「ありがとうございます!」
秀慶は幸綱に智和のお見舞いをしてから、入佐の捜索に入っても良いかと聞くのである。
その頼みに幸綱は当たり前だと笑って答えた。
それに秀慶は大きな声で感謝をしてから急いで、事務所を後にして病院に向かうのである。
幸綱は事務所に残って幹部連中が出ていくのを確認して、懐からスマホを取り出す。
手慣れた手つきで電話番号を打ち込む。
そしてコールボタンを押してから耳元にスマホを持って行き繋がるのをジッと待つのである。
4秒の間があって電話口から「もしもし?」と聞こえてくるので幸綱は「もしもし幸綱です」と言った。
『おぉ幸綱か。そっちでええ情報でも入ったのか?』
「えぇバックで暗躍している人間の1人が分かったかもしれません。殺した人間から聞いたので……もしかしたら命乞いの出まかせかもしれませんが」
『その情報筋は信じられるのか? そうでなけりゃ無駄に時間を過ごす事になるに?』
「俺が信頼している子分が直接、聞いた話なので信用できると思います。ソイツが聞き出して嘘を言っているとは思えないと言っていたのだ」
『まぁ若干、信憑性に欠けるところもあるが……何も手掛かりがにゃーよりマシだな』
幸綱は電話の向こうの人間に、入佐についての情報を説明しているのである。
コソコソしている事からして秘密の関係なのだろう。