010:弾き
秀慶は鉄砲玉が滞在するように、用意されたアパートにやって来た照平を迎え入れる。
ボロいアパートではあるが、照平は気にせずに座る。
そしてその座っている照平に秀慶はお茶ではなく、お猪口を置いて差し入れの日本酒を注ぐのである。
今度は反対に照平が日本酒の瓶を受け取って、秀慶のお猪口に日本酒をトクトクッと注ぐ。
「それにしても秀慶とは、歳が近いから親近感があるんだよなぁ。やっぱりヤクザの社会は、年功序列感があるからねぇ……秀慶も、そう思わない?」
「いやぁどっちかというと海道会の執行部の人なんで、頭が上がりませんよ!」
海道会の執行部というと、自分よりも遥かに年上の人たちばかりで照平からすると息が詰まるのである。
しかし秀慶とは2歳しか変わらないので、親近感を感じると照平は思っているのだ。
「お前が良ければ兄弟分の盃も交わして良いと、俺は思ってるんだけどな」
「ちょ ちょっと! 執行部の人間と、その組織の枝の枝の若い衆と兄弟盃なんて聞いた事ありませんよ!」
「別にありえない事じゃ無いと思うけどなぁ。まぁ秀慶が嫌っていうならしょうがないな」
「いやいや! 決して嫌ってわけじゃないですよ!」
照平は秀慶が良いというならば、兄弟盃を交わしても良いという風に言ってくる。
それに執行部の人間と枝の若い衆では、とてもじゃないが格が違いすぎるから無理だと断った。
しかし決して嫌だから断ったわけじゃないと伝える。
「それで襲撃かけるのはいつなんだ?」
「調べて貰った結果、土曜日の夜は護衛を2人だけ付けて銭湯に行くみたいなんです」
「土曜日……それって今日じゃないか!? そんな大切な時に来てしまって申し訳ない」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。こんな風に緊張を解いて貰えるのはありがたいです」
秀慶が襲撃をかけるのは今日の夜である。
まさか今日だとは思わなかった照平は、集中しているところに来てしまって申し訳ないと謝罪する。
だが秀慶からしたら、こんな風に来てくれて緊張を解いてくれるのはありがたいと逆に感謝した。
その答えに「さすがだ!」と照平は褒めた。
それでも長いをしちゃいけないと思った照平は、お猪口に入った日本酒を飲み干してから立ち上がり「それじゃあ帰るわ」とアパートを後にする。
外まで出て行って照平を見送った秀慶は、車が見えなくなるまで立っている。
それから秀慶はフゥと息を吐いてから部屋に戻る。
さっきまで体が強張るくらいに緊張していたが、照平と話した事によって緊張が良い意味で解けた。
今日の夜に向けて秀慶は、拳銃に銃弾をスッスッスッと入れたり油で手入れしたりと準備を進める。
そんな事をしているうちに日が暮れていた。
秀慶は「よし!」と気合を入れてから、拳銃をズボンのベルトに挟んでアパートを出る。
普通にしていないと職質されてアウトなので、秀慶はビクビクしない事や目が泳がないように意識する。
そして調べて貰っていた銭湯の前にやってくる。
入る時よりも出る時の方が油断するだろうと、秀慶は考えて見つからないように近くの空き地に隠れる。
やはり人を1人殺すのだから緊張してくる。
「(8発しかないんだから、ちゃんと狙って撃たなきゃダメだよな……しっかり狙って撃たなきゃ)」
秀慶はイメージトレーニングで何度も確認する。
1秒1秒が、とてつもなく長く感じる。
心臓の音が頭の中に響いており、とてつもなく煩いと感じていると銭湯の方から声が聞こえてくる。
バッと見てみると、そこにはチンピラが2人に業力が談笑しながら出てくるのを発見した。
深く深呼吸を3回してから、グッと息を止めて業力たちに向かって走り出すのである。
そして背後に向かって叫ばずに発砲する。
それが見事にチンピラ2人の背中に命中し、呻き声を上げながらバタンッと倒れた。
業力は「な なんや!? なにごとや!?」と叫ぶ。
「業力っ! アンタには死んでもらうぞ!」
「ど どこの人間や! なんでワシを狙うんや!」
「薬物だけじゃなく、ウチの智和の兄貴を的にかけやがってよ! ただで済むと思うなよ!」
業力は秀慶の事を見つけると、腰を抜かして地面に尻もちをつくのである。
そして左手を前に出して撃たないように頼む。
秀慶としては、どうして狙うのかという言葉に対して薬物だけじゃなく智和を的にかけたからと言った。
すると業力は否定をする。
「や 薬物は認める! だ だが総本部長を弾いたのは俺たちじゃない!」
「そんな話を誰が信じるんだ? 良いから正直に言って楽になっちまえよ。そうしたら命までは取らねぇから」
「そ そんな事を言われても……俺たちは拳銃を用意しただけで、弾いたのは別の人間だ!」
業力は薬物の売人を送り込んだのは認めたが、智和を弾いたのは自分たちじゃないと叫ぶ。
それに対してイラッとした秀慶は、拳銃を業力の口の中に突っ込んで正直に喋れと脅した。
正直に言うように言われた業力は、拳銃を用意したのは認めるが弾いたのは別の組織の人間だと言うのだ。
「じゃあ誰に用意しろって言われたんだ! それを吐かなきゃ大切な命を捨てる事になるぞ?」
「わ 分かった、言う言う! ワシにチャカを用意しろって言って来たのは……《入佐 デイビッド》っていう小太りのオッサンだ!」
「入佐? デイビッド? テメェはふざけてんのか?」
弾いていないのならば、誰に拳銃を用意しろと言われたのかを吐けと秀慶は聞くのである。
その問いに業力は《入佐 デイビッド》という小太りのオッサンに言われたと話した。
それを聞いた秀慶は、ふざけてるのかと拳銃を口の中にグッと押し込んで試す。
しかし必死に本当なんだとジタバタする。
この感じからして業力が、嘘を言っているような感じがしないので信じる事にした。
「分かった、信じようじゃないか」
「じゃあ命だけは助けてくれるん……」
秀慶は信じる事にすると言ったのである。
その言葉を聞いて業力は、助けてくれるのだと思って表情がパァッと明るくなったのだ。
しかし瞬間的に秀慶は業力の額を綺麗に撃ち抜いた。
撃たれた業力は地面にバタンッと仰向けに倒れて、そこら中が血の海となったのである。
初めて人を殺したというのに秀慶の心の内は平穏だ。
そしてジッと倒れている業力を見つめていると、遠くからピーポーピーポーというサイレンが聞こえてくる。
その音にハッとした秀慶は、急いで拠点となっているアパートにバイクに乗って逃げる。
海道会による銃撃事件は、秀慶だけじゃなく多数か所で同時に起こったのである。
関係箇所への銃撃事件が5件、死者数が6名、重軽傷者が18人という前代未聞の抗争事件となった。
この件に関して静岡県警だけではなく、遂には政府たちが見過ごす事ができなくなり動きを始めた。