001:任侠と外道
日本の裏社会を牛耳っているのは、ジャパニーズマフィアと呼ばれている極道である。
しかし本物の極道は、マフィアとはことごとく違う。
確かに一般人の人間から見たら、ヤクザなんてマフィアと変わらないだろう。
だが本物の極道は、任侠道をトコトンまで突き詰める人間たちの事を呼ぶのである。
それ以外は、ただの外道というわけだ。
そしてここに日本極道会を統一した男がいる。
その名も俊龍会・会長《菱田 秀慶》である。
秀慶は極道の底辺から日本の頂点まで駆け上り、10代の時から生涯が終わるまで立派な極道として天命を最大限全うして死んでいくのだ。
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2025年、この現代、日本の極道界は警察や世間の目によって厳しい締め付けにあっていた。
そこで日本中の極道の舵取りを行ったのは、京都府に拠点を置く日本最大級ヤクザ組織〈天王会〉である。
日本全てのヤクザ組織が、この天王会の枝になったと言うわけでは無いが、それでも影響力があり大きな取引は天王会を通さなければいけないまで力は待っている。
そんな極道界に15歳の少年が、足を踏み入れようと動き始めていたのである。
少年の名は《木上 秀慶》。
どこにでもいる普通の少年……というわけではない。
幼い頃に実の父を亡くしてから、新たに義父となった男によって幼児虐待を受けていた。
その影響からなのか、秀慶は11歳の頃から愛知の街に繰り出しているのである。
「秀慶っ!! 今日こそブチ殺いてやる!」
「おぉ! やれるもんならやってみぃや!」
秀慶は毎日のように地元の不良と喧嘩三昧だ。
それは秀慶の気性が荒いというよりも、秀慶の喧嘩の腕が半端じゃなく強いからである。
だからこそ、毎日のように強い人間が挑戦してくる。
そしてそれを、ことごとく叩き潰している。
「そろそろプー太郎もやってられないかぁ」
喧嘩に明け暮れているが、それでもチンピラとは連まずに1人で豊田市を闊歩している。
秀慶が仲間を作って連まないのは、馬鹿な人間と関わって自分の身を滅ぼしたく無いからだ。
この通り秀慶は地頭が良いタイプである。
そんなこんなで、いつものように学校には行かず、ボーッと街中をプラプラしている。
すると道の先で、数人の男たちが1人の男をボコボコにしているのを発見する。
明らかに1人の方は、戦意が喪失している。
その光景に秀慶は「アイツら!」という風に、見てみぬフリはできずに走り出すのである。
「おい! 1人相手に、ちょっとやりすぎなんじゃねぇのか? せめて男らしくタイマンで勝負しろよ」
「あぁん? ガキに用はねぇんだわ。ガキは首を突っ込まんでお勉強でもしてろや!」
「良い大人が何やってんだよ……ソイツを離してくれたら、テメェらの相手は俺がしてやるよ」
秀慶は4人の男たちに食ってかかった。
しかし秀慶が子供だからという理由から、自分たちに関わるなと排除しようとする。
それでも秀慶は引き下がらないのである。
さすがに痺れを切らした男の1人が、秀慶の胸ぐらを掴んで右腕を振り上げるのだ。
このまま殴ろうと腕を振り下ろそうとした。
その瞬間、秀慶は上手く右腕を避けながら掴んで背負い投げで地面に叩きつけたのである。
「なぁまさか全員が、こんな弱さじゃねぇよな?」
「舐めんなよ、このクソガキが! 俺たちはヤクザだぞ、タダで済む思うんじゃねぇぞ!」
「俺たちはヤクザなんだぞ!……よくもそんなダサいセリフを、そんなカッコイイ風に言えたもんだな」
「本当にちょうすきゃあがって! 本職の恐ろしさを教えてやる!」
秀慶の発言により、男たちが本職のヤクザである事が分かったのである。
それでも秀慶は一歩も後ろに下がらない。
この態度にヤクザたちは、さらにイラッとして残りの3人が襲いかかってくるのだ。
しかし本職だろうが、秀慶にかかればチンピラが3人くらいでは、全くもって簡単な喧嘩である。
そのまま倒れている男たちを見下す。
「悪党成敗ってな……」
秀慶が満足した表情をしていると、後ろから若い男の声で「おぉこれは凄いなぁ」と聞こえてきた。
パッと嫌な予感がして振り返る。
するとそこにはゴツい男2人を、侍らせている20歳くらいの男がポケットに両手を突っ込んで、ニヤニヤしながら待っているのである。
「俺の若いもんがお世話になったな。その4人を、君が1人で伸したのか?」
「ん? えぇそうですが……どちら様でしょうか?」
「俺か? 俺は3代目海道会直系剛隆会で、若頭をしている幸綱興業・組長の《松慕 幸綱》だ……君は誰かな?」
「俺はタダの通りかがりの若造です……それにしても剛隆会といえば、静岡の団体ですよね?」
この幸綱という若い男は、3代目海道会という半端じゃない大きなヤクザ団体の二次団体で、若頭をやっているという男で秀慶は少し冷や汗をかく。
「おぉ俺たちの事を知ってるのか。それはそれは良い知識を持ってるんだな……それで俺の若い衆と、どうして揉めたのか教えて貰おうか?」
「えぇ親分になら素直に説明しますが……俺は悪い事をしたと思ってません。カタギ1人に対して、本職のヤクザが4人がかりというのは見過ごせませんよ」
「おいおい! うちのオヤジに、その態度は無いんじゃ無いのかぁ? ただのガキが調子に乗るなよ?」
説明を求められて詳しく話したが、それでも自分は悪い事をしたつもりは無いと伝える。
それに対し幸綱の子分たちは、そんな態度が気に食わないとして掴み掛かろうとする。
しかしそれを幸綱が「止めろ!」と言って止める。
「確かに、それは外道のする事だな……それで本職相手に4対1で怖くなかったのか? チャカやドスを持ち出されたら死んでたかもしれないんだぞ?」
「そんなのを怖がってたら、自分の正義を貫く事はできませんよ……俺は不良でも外道に成り下がるつもりは毛頭ありませんからね」
「良い答えだ……気に入ったわ! どうだ、ウチの組に入らないか? お前なら渡世の道に入っても十二分にやれると思うけど?」
秀慶としては不良であるのは認めるが、それでも外道になるつもりは無いと発言した。
それは死んだとしても貫く事だ。
この発言を聞いた幸綱はフッと鼻で笑ってから、まさかのスカウト発言をして来たのである。
いきなりの勧誘に秀慶は驚きを隠せずにいる。
どうしたものかと目をパチクリしていると、幸綱が続けて「即答できないわな」と言った。
「いや親分が凄いのは理解しています。それに海道会の末席に加えて貰えるのも嬉しい事です……それでも即応するのは難しいですね」
「分かってる分かってる! 気が向いたら、この電話番号に掛けてこいや。それじゃあ若い衆を、病院に連れて行かなきゃいけないんで、ここで失礼するよ」
秀慶は素直に即応できないと答える。
するとその答えに幸綱は、確かに即答できるような内容じゃないと言って電話番号が書かれた紙を渡す。
気が向いて盃を交わす覚悟ができたら、この電話番号に掛けてこいと言って立ち去っていくのである。
秀慶は幸綱たちが立ち去るのをみてから、ジッと渡された紙を見つめているのだ。