時空犯罪
ひょんなことから丹治麻衣にアプローチすることのなったわけだが、いったいどうすれば。そもそも勝手に彼女が言い始めただけで、今の丹治麻衣が俺を好きになってくれる保障はない。元妻の丹治麻衣はというとさっきから俺の部屋のパソコンをいじっている。
「あのー、夜も遅いんでそろそろ。」
あのやり取りの後、元妻の丹治麻衣は例のアルバムを俺に見せ、思い出話を一つ一つ語った。時計は11時を回ろうとしていた。まだ俺は晩飯も取っていない。
「わ、もうこんな時間なのね。そういえばごはん食べてないよね?何か作るよ!」
「いや、大丈夫です。」
「なにも夫婦だったんだから遠慮しないで、私もお腹空いたし。」
そういって彼女は台所に向かい冷蔵庫をあさっている。お前も食べるのか。俺は諦めてさっきまで彼女がいじっていたパソコンに目を向けた。彼女はWord に時系列で俺との付き合うまでの流れをまとめていたようだ。あの短時間でここまで書き上げるとは驚いた、俺の記憶の中では現代の彼女はそこまで仕事は早くなかったはずだ。10年という歳月はこうも人を成長させるかと感心させられる。台所から卵を溶く音が聞こえる。彼女が俺のお嫁さんか、、、狐にでも騙されているのか。軽く俺は疑心暗鬼になっていた。
「おまたせ~」
運んできた料理を机に置いて向かい合わせに座った。彼女が作ったのは親子丼だった。15分ほどで仕上げたにしては見た目は良い。料理は得意なのだろう。
「これ悠斗好きなやつ、味どう?」
「美味しい、、!」
「でしょ~」
そう、俺の好きな食べ物は親子丼だ。しかも味付けも俺好みの甘めの味付けだった。彼女は本当に俺の奥さんだったのかもしれないな、と目の前で共に食事をする丹治麻衣を見て考える。彼女と結婚すればこんな毎日が続くのだろうと考えるも、現実の丹治麻衣には恋愛感情すら抱かれていないことを思い出し正気に戻る。
「麻衣さん、ご飯ありがとうございます。」
「敬語なんて使わないで。あと、麻衣でいいよ」
そうはいっても会社では下の名前どころか苗字呼びだ。だがここで断っても互いの空気が悪くなるだけなのでここは言うことを聞いておこう。
「ところで麻、、麻衣。10年後といってもどうやってきたんだ、、ですか?」
変な言葉遣いに麻衣はふふっと笑いながら答える。
「そんなのタイムマシンに決まってんじゃん」
「タイムマシン⁉」
「うん、あれ」
麻衣が指差す先は冷蔵庫だった。さっきまで彼女が食材を取り出していたやつだ。俺は立ち上がり、側によって、扉に手をかけた。
「ん???えっー!!」
中は青白い光に包まれていた。例えるならば、そうだ、UFOが牛や羊なんかをさらうときのアレだ。勿論、見たことはない。そもそもああいう類のものを信じてすらいない。
「入っちゃダメよ、私捕まるから。」
「捕まるって、誰に?」
「時空警察」
淡々と麻衣は話しているがSFじみた物が本当にあるとは。麻衣が車のキーのようなボタンを押した。もう一度冷蔵庫を開くと中は元通りになっている。俺は何度か扉を開け閉めしたが、中身は変わらなかった。
「というかこれ、そもそも俺に見せて良いやつ?ダメじゃない?」
「んー、、、限りなく黒に近いグレーね。ホントは私が未来から来てるのバレるのもダメなんだけど。」
それは黒だろう。
「バレたらどうなるんだ?まさか、逮捕?」
「私は逮捕されて、あなたは時空警察に記憶消されてこの件はなかったことになる。」
彼女が説明するにはこうだ。今からおよそ9年後、アメリカの某有名企業が内密に開発を進めていたタイムマシーンが完成。その後様々な国で開発に成功し、日本でも発売が開始された。初めは富裕層しか手を出せない高級品であったが、国際競争と開発技術の向上により大型車ほどの値段で買えるようになったという。だが、そこで問題になったのは時空犯罪だ。過去に戻って未来を変えようとするものが大勢現れたのだ。子供にだって思いつくことだ、タイムマシーンが実際に作られてしまったら大人がやらないわけがない。この問題を解決すべく設置されたのが時空警察だという。
「つまりさ、麻衣もやってること犯罪じゃない?未来を変えようとしているわけだし。」
「私、あなたと結婚してた記憶がもどってから考えたの。なんで記憶は残ってるのに、今は別々の人生を送っているんだろうって。」
彼女が疑問に思うのもわかる。おかしな話だ。彼女に俺と結婚していたという記憶が残っているのが仮に嘘ではないとしても、実際、彼女の暮らす時代では俺たちは別々だ。一体どういうことだろう、
「あっ、、、!」
「そうよ、時空犯罪。」
そういうことか、未来にいる誰かが時空犯罪を起こして俺と麻衣が結ばれるのを阻止したというわけだ。俺たちの夫婦関係を壊そうとするものがいるかはどうかは置いといて、ありえない話ではない。麻衣は深刻な顔をして俺に言った。
「その時空犯罪者を未来で逮捕しても、変えられてしまった過去は元に戻らないの。だから悠斗、あなた自身の力で私たちの関係を築くのよ。」
そういって俺の手を握る。暖かい手だった。本当に、俺と麻衣は夫婦だった。確証はないが、そう思うことにしようと決めた。もしかしたらすでに麻衣に惚れていたのかもしれない。
「それじゃあ悠斗、おやすみなさい。」
「え、帰らないの?しかもそれ俺のベッド、、、なんですけど。」
「私が今未来に帰ったら時空警察に捕まるかもしれないでしょ、あとリビングにソファあるじゃない。それとも何?一緒に寝たいの?」
犯罪者めが。俺はシャワーを浴び、ソファに横になった。隣の寝室からは時空犯罪者の寝息が聞こえてくる。




