第八十七話 理想とは、正義とは
数分歩いた先に、いかにも賊のアジトですといった風合いの廃墟があった。中からは数人の男の下品な笑い声が聞こえる。
「リイさん、中ではどういった会話を?」
そう聞くとリイは珍しく顔を歪ませる。
「.......女性をいたぶっているそうです」
「..........そう、ですか」
別に何も珍しいことではない。三百年後でもこういったことは頻繁に起こるし、前の世界であってもたまにニュースで報道された。
「どうなさいますか?」
「どうする、とは?」
「このままここを通り抜ければ、彼らに気が付かれることはありません」
「.............」
リイの言っていることは合理的だ。それに、なぶられている女性は知り合いでもなんでもない。今、俺たちの目撃者を作るのは、まずい。彼女らとて、俺たちの正体を知れば牙をむく可能性は高い。わざわざ、あの中に入って見ず知らずの女を助ける。非合理の塊だ。それに今はもっとやるべきことがある。 ただ、ダメだ。「黄金の矛」はそんなことしない。「黄金の矛」は決して弱者を見捨てない。そんなパーティの一員であると胸を張って言いたい。
「助けましょう、リイさん」
「理由を伺っても?」
「うまくいえないのですが....」
「『理想』ですか?」
「はい」
「であれば助力いたします」
そうして俺たちは廃墟へと正面切って突入する。中には二人の女と、それを取り囲む七人の男。服や様子を見るに、お楽しみの一歩手前といったところだった。
「失礼します。そちらの女性たちを解放していただけませんか?」
リイの丁寧な物言いに腹が立った一人がリイへと襲いかかる。
「なんだああ、てめえ、スカしやがってy...うぐっ!!!」
しかし、リイの放った裏拳で頭蓋ごと陥没して死んだ。それを見た賊たちが俺とリイへと襲いかかる。俺はまず斧で切り掛かってきた男の攻撃を反射する。その斬撃によって無力化されるが死なない。そんな調子で俺とリイは賊を殲滅する。獣狩りにすらなれない、それがこの時代の賊である。そんな連中に俺たちは負けるはずがない。そうして、俺とリイは女たちの方へと向き直る。リイが話しかけると怖がらせてしまうので俺が話しかける。
「怪我はないですか?」
二人の中で特に身なりのいい方の女が受け答える。
「ええ、ありがとうございます。私はコゼットと申しますわ。バルジャン子爵家が当主ジャンの娘にございます」
そう言って俺たちへと頭を下げるの彼女の姿はこの時代には似つかわしくないほど洗練されていた。
「なりません、お嬢様!!このような獣狩りに頭を下げるなど」
「ルーナ、やめなさい。淑女たるもの一に礼儀、二に感謝ですわ」
彼女の一喝によってルーナという女は黙り込む。そこに彼女ら二人の間の上下関係が見て取れた。
「いえ、実際俺たち獣狩りですし」
そうして、しばらくの沈黙の後、コゼットと名乗った少女は口を開く。
「それで、お二人に依頼がございます。私どもを自宅まで護衛していただけませんか?」
俺はその提案を受け、思案する。
一見して、無害そうな女二人組だが、謎が多い。そもそも、女二人で旅をするなど非常識にも程がある。それに、こんないかにも怪しい二人組に依頼だなんて。俺がいた時代の貴族とは根本的に乖離している。貴族なんて生き物は俺たち庶民に頭を下げて何か頼むことを死ぬほど嫌がる連中だ。
「.........」
そんな俺の不信感が顔に出ていたのだろうか
「この空き家の裏手をご覧ください。私共の護衛と馬車の御者の死体があるはずです」
俺はリイへと目配せをする。リイはそれを察して裏手へ回る。しばらくして戻ってきたリイは淡々と報告する。
「ええ、確かに他よりも身なりの良い男の死体がいくつかありました、最近のもので間違いないでしょう」
「あなたのお宅はどちらに?」
「ここを三日ほど東進した場所にございますわ、ちょうど近くに女郎蜘蛛迷宮という迷宮がございます」
「.......料金はきちんと支払っていただきます。リイさんも構いませんね?」
「ええ、私に異論はございません」
「では引き受けます」
「まあ!ありがとうございます!ほら、ルーナもお礼を申し上げて」
ルーナは不服そうな顔を浮かべたままではあるが、コゼットに促され、渋々といった感じではあるが感謝の言葉を述べる。
「協力感謝致します」
「では、裏手の馬車を私たちの馬に引かせて移動しましょう。私は少々用事があるので、【主人公】さん、先に準備の方をお願いいたします」
「....はい」
しばらくして裏手で合流したリイの外套は先ほどよりも汚れていた。