第八十六話 月下旅人
今日はこれで終わりだと思います
深夜、リイの操る馬に乗って俺たちはセウントを目指していた。途中の休息や人目を避けることを考えれば二週間はかかるだろう。俺たちは人目を避けるべく野山といった未開のエリア...獣たちのテリトリーを抜けることにした。しかし、魔物はリイの気配に怯えて近づいてこない。強力で好戦的な個体でもいない限りしばらくは問題ないだろう。
「それにしても、リイさん。馬に乗れるんですね」
「ええ、私の故郷ではどこへ行くにも馬が必須でしたので。それにしても馬は素晴らしい生き物です。乗ってよし、売ってよし、そして............喰らってよし」
そう言いつつリイは馬の首をソッと撫でる。その顔は穏やかな笑みを浮かべながらもマジだった。
「と、とりあえずはロウサイからの脱出を目指しましょう。道は分かりますか?」
「ええ、この辺りの地域には馴染みはありませんが、アントニオからお借りした地図がありますし、匂いや音などから人里を探すことも造作ございません」
「さすが頼りになります」
「光栄です」
そんな会話を交わしながら夜道を進む。俺はふと頭に浮かんだ疑問をリイへとぶつける。
「ねえ、リイさん、リイさんはなぜこんな世界や境遇で人としての誇りを保っていられたのですか?」
「それは、以前お話しした私の信条による部分もあります。しかし、最も大きな理由は、私が「誇り高き詩人でありたい」と願ったからです。人間は皆、自分ではない何者かに憧憬の念を抱きます。そういった、憧れの対象へと恋焦がれ、そうあろうとする思いこそが人間が生きる原動力であると私は考えます。【主人公】さんもそういった経験ございませんか?」
俺はそれに少し考え込んだ後、答える。
「元の時代にいた仲間の役に立ちたい、恩を返したい、そのために強くなりたい。俺はそう願いました。こういうことですか」
「ええ、おっしゃる通りです。ゆえに私の心が他者のものより特別強いわけではない、私が申し上げたかったのはそういうことです」
すると、リイが馬の手綱を引き、馬を止める。
「.......【主人公】さん、人の気配がいたします」
「......こんな夜更けの獣道、賊でしょうか」
「恐らくあなたのおっしゃる通りでしょう」
俺たちは馬から降り、馬の手綱を手近な木へと結びつけゆっくりと気配の主がいるであろう方角へと歩みを進める。