第七十九話 真・人虎伝 Ⅰ
今日の更新はこれで最後っすね。青空文庫というサイトで中島敦の山月記が無料読めるので、読んだことない方はぜひ読んでみてください
男は名を李徴といった。男は才能あふれる若者で厳しい試験を突破し、官吏となった。やがて、その職すらも詩人になるべく、辞した。しかし、詩人としては花開かず。男はついに発狂した。男は高い自尊心とそれを脅かされることへの強い恐怖を持っていた。やがて、彼は心身ともに虎へと変貌した。彼は虎になった当初、深い絶望へと叩き落とされた。かつての友人である袁傪との再会を経て、彼に自身の遺作とも言える作品を託したことで生まれた達成感。現状はどうしようもない。そういった感情や思考は徐々に時間をかけて諦念へと形を変えた。
「わからないことや不遇の今に思い悩むくらいならば、最初から全て受け入れてしまった方が賢い」
彼は、そうして獣として生きることを一時は受け入れた。虎としての優れた肉体は彼に野生で生きる力を与えた。彼は、ときに人間関係というしがらみから解放されたことによる喜びのようなものを感じたこともあった。。そして、彼が虎として生き始めてから、数年が経過した。この頃に至っても、彼の胸中はどこかで彼が完全に獣になることを拒否していた。彼は役人の証である「佩玉」を常に持ち歩くことで、自身が人間であると言うことを意識し、獣として本能を抑え、人間としての品性や誇りを保っていた。客観的に見れば、彼は紛れもない「虎」であり、彼は強固な自己認識のみでそれへと抗っていた。そんな哀れな彼にも神は平等に牙をむく。彼が住んでいた商於の山には他にも虎が住んでいた。それらは名実ともに獣であり、彼のように食人を縛るといったことも当然していなかった。そのうち一頭が、麓の街に降りて、あろうことか領主の妻を食い殺したのだ。妻を奪われた領主は激怒し、町中の兵士や猟師へと山中の虎を全て殺すように命じた。彼も当然その対象として追われることとなる。当初は、虎としての身体能力と人間としての知性で彼は逃げ回っていた。しかし、山という閉塞した空間でいつまでも逃げていられるわけもなく。兵士が放った弓によって足を負傷してしまう。そうして、最期を悟った彼は逃げもせず、さりとて抵抗もせず死を受け入れる。彼が最後の瞬間まで誇り高くあろうと考えたのだ。そんな彼が最期に目にしたのは自身へと槍を突き立てる猟師の皮を被った悪魔の張り裂けんばかりの笑みであった。
「そうして、なんの因果か私は虎の獣人としてこの世界で目を覚ましました。それがおよそ三年前のことです」
そういうリイの表情はどこかさっぱりとしていた。
「話してくれてありがとうございます。リイさんにとって、佩玉が大切なものであった理由がわかりました。」
「いえ、アントニオの言う通り他人から見ればただの石ころです」
と言いながらも、リイはその佩玉を大切そうに握りしめる。
「これで、俺たちは共犯者ですね」
「ええ、おっしゃる通りです」
私は中島敦の「山月記」をベースに「人虎伝」を解釈し、オリジナルの解釈を加えています。ゆえに山月記とも人虎伝とも解釈が異なる恐れがありますがご了承ください。
リイの過去編は山月記では人間性を失った李徴がもし、人間性を保ったまま虎として生きることを決意したら?というifです。