第七十二話 踏み倒しのアントニオ
俺たちは数分もしないうちにアントニオの執務室であろう部屋の前へとたどり着いた。丁寧にコーティングされた木材と金細工で構成されたその扉は彼の悪辣さを象徴するかのようなものだった。その部屋をノックする。しばらくの沈黙。その間、俺は職員室に入る前のような嫌な緊張を感じた。
「....入りたまえ」
低い声が響く。
「....失礼します」
そこにいたのは白髪と鷲鼻が特徴的な目つきの悪い老人であった。一目で高価だとわかる椅子に腰掛け、これまた高価そうな机の上で何やら書類に目を通している。
「なんだね君たちは、全く門番の連中は何をやっているんだ。金食い虫め」
「突然のご無礼をお許しください。俺は【主人公】といいます。こちらは相棒のリイです」
「ふん、貧乏人がなんの用だ。このワシを殺しにでもきたか?それとも借金の減額か?後者なら死んでも受けつけないぞ」
「いえ、本日は私の相棒の佩玉という飾りを返していただきたいのです。これは賊に奪われてしまい、現在はあなたの手にあると伺いました。これは私の相棒にとって大切なものなんです」
と、言い頭を下げてみる。するとアントニオは机の引き出しから
「この妙な飾りは佩玉というのか.....ふむ。特に高価な宝石というわけでもなく、魔術的な意味があるわけでもない。こんなものの何がいいのだ」
それを聞いたリイの体がピクリと動いた気がした。
「おっしゃる通りです。これはアントニオさんにはなんの価値もない代物。ですのでどうか.....」
俺は再度頭を下げる。マジでピッタリ90°
「そんなもののために、わざわざワシの屋敷に侵入したのか。ワシが役人や賊に知り合いが多いということも知っていただろうに」
「ええ、それほど大切なものなのです」
「では、ダメだ」
その刹那であった。
「ぐっ」
リイはアントニオの首を掴み持ち上げる。
「それはどういう意図でしょうか?その飾りのために命を投げ出しても構わない、そう受け取ってよろしいのでしょうか?」
口調こそ丁寧であるが、かえってそれが恐怖を掻き立てる。
「う、ワシを殺してみろ、門番は顔を見ているぞ、君たちは役人と賊どもに追われる身になるぞ」
今この段階で役人に追われるだけでもまずいのに、賊まで相手取っているわけにはいかない。俺はこんなところで足止めを食うわけにもいかない。
「リイ、おろしてやってください。俺に考えがあります」
「.........承知しました」
リイは渋々といった感じでアントニオをおろす。
「アントニオさん、ビジネスの話をしましょう。俺の相棒は見ての通り強いです。俺も彼と同じくらい腕が立ちます。この力を買いませんか?」
「.......ほう」
アントニオは続きを促すかのように俺を見る。
「俺たちはあなたの依頼でこの力を一度だけ振るいます。それの対価として佩玉を俺たちに与えてください。もちろん失敗した場合は佩玉は結構です。あなたにとってはただ同然の石ころで一度きりとはいえ便利なコマが買える。悪い話ではないはずです。どうですか?」
「断れば?」
「あなたを殺します」
リイはそれに応えるかのようにその鋭い爪を露出させアントニオへと見せつける。すると、アントニオのまとう空気が一気に柔らかくなる。
「はっはっはっは!!!このワシを脅すか!面白い、乗ったぞ小僧」
「では、依頼が決まり次第ご連絡ください」
「いや、それには及ばんよ。君らにはこの街の郊外にいる大蛇の群れを片してもらいたい。」
「大蛇、ですか?」
「ああ、あやつらがワシの運営する商会の公益ルートに陣取っていてな。それを追い払うなり、全滅させるなりしてくれればその報酬としてこれをくれてやろう。」
と言ってアントニオはいつの間にか取り出した街周辺の地図を俺たちに渡す。
「では、よろしく頼むぞ」
それを聞いたリイは退出しようと身を捩るが、俺は違う。
「待ってください、契約書を交わしましょう。」
「はっはっはっは!ますます気に入ったぞ。うむ、わかった。では、お主らがワシとの約束を違えた場合はこの飾りは永遠に私のものだ。もし、ワシが約束を違えたらどうする?」
「.....あなたの胸の肉をいただきます」
「では、その旨で作成しよう」
そうして出来上がった契約書を再度三人で読み交わし俺とアントニオが代表して血判を押す。そうして俺とリイは屋敷を出た。
「失礼しました、【主人公】さん。私は冷静さを欠いていました。」
「いえ、俺の方こそ勝手に決めてしまって申し訳ありません」
「それには及びませんよ、心から感謝しています。それにしても、大蛇ですか.....」
「ご存知ですか?」
「ええ、この街から南東の方向へ三里ほどの距離にある森に縄張りを持っていると。聞いたところによると五、六体で群れていて種族名はポイズンボア......」
「なるほど.....では帰って作戦会議をしましょう」
「承知しました」