第六十四話 月の影取る猿
猿は生まれた時から猿であった。猿はなぜ生まれたのか、どこで生まれたのか、そもそも自分はなんなのか、何もわからなかった。わかっていたのは、自身に宿る特異な力と恵まれた強者としての肉体。これが他の追随を許さないと言うこと。猿は光に惹かれる虫のように、女郎蜘蛛迷宮へと迷い込んだ。ここは世界中に点在するありふれた迷宮の一つであり、ここの生態系を猿が掌握するのに三日とかからなかった。猿はその中で戦いの楽しさを知った。しかし、それは【剣豪】のもののような高尚なものではなく。ただ、死に瀕した相手がどんな顔を見せるか、諦めて笑うのか、折れずに立ち向かうのか。猿はそれを鑑賞することを心から愛していた。猿はそんな歪んだ欲求を迷宮への挑戦者やそこに住む魔物を相手に発散した。彼らの顔は猿を大いに楽しませた。いつしか、蜘蛛型の魔物が多いという特徴と、猿に遭遇したら漏れなく全員死ぬ。と言う二つの事実が歪んで広まり、猿の遊び場はいつしか「七大迷宮」の一つ「女郎蜘蛛迷宮」として畏怖と憧れの対象となったのだ。
猿はそんなこと微塵も知らなかった。ただ、遊び相手が増えたという程度の認識であった。そんな猿を「七大迷宮」の主たらしめた要素は主に三つ。異常な身体能力。高い学習能力。そして「影の魔術」。身体能力については割愛する。「高い学習能力」とは彼の戦いへの探究心と狡猾さの現れであった。猿は迷宮を訪れる多くの獣狩りたちの動きを参考に体術を学んだ。断片的な動きであってもそれが蓄積すればそれは立派な技術体系となる。また、魔術や人間の感情の根源、弱さなどもこの時学習したものだ。
「影の魔術」とは猿が生まれつき持っていた。まるで神からのギフトかのような力である。それは「対象の体の一部を捕食することでそれが持つ断片的な記憶、戦闘能力、姿形を影として創造する」というものであり、それに対象の死は必要ない。また、食べた部位や量によっては影とオリジナルの強さは乖離する。この反則じみた力が、猿を迷宮が王の座へと座っていた所以だ。猿は迷宮の本来の主である女郎蜘蛛を繁殖させることで冒険者を釣り出す餌とし、多く命を暗黒へと葬り下僕とした。そんな猿の絶対王政を揺るがす出来事が起こる。それは【剣豪】とホワイトとの邂逅である。まるで彼らをそこへ誘い込むかのように起きた空の異常、これによって猿は彼らと戦い敗北し、一度は死に瀕した。ただし、ここで悪運が猿へと味方する。この地に眠る強大な魔力を宿した温泉、その源泉が迷宮の奥にはあった。猿は数年もの歳月をかけて体を修復した。しかし、依然として猿の脳裏にこびり付いていたのは【剣豪】であった。彼との戦いの経験は猿にとって何者にも代え難い代物のように感じた。猿は【剣豪】を見つけ再度戦いたいと強く願った。猿は迷宮をでて【剣豪】を探しに出ようとも考えた。しかし、猿は自身の縄張りを空けるという行為への本能からの警鐘に抗うことができなかった。そこで、猿は自身の魔術で生み出した影を代わりに外へ出そうと考えついた。猿は自身のおもちゃの中でも一際お気に入りの【剣豪】の影を含めたいくつかの影を外へと出した。これがのちの「悪鬼伝説」である。複数の影が【剣豪】や悪鬼と混同し、この街の歪んだ「剣豪伝説」を形作ったのだ。そうして猿は今日も自身の城へと届くおもちゃを心待ちにする。
とりあえず今回で投稿ラッシュに一旦区切りをつけようと思います。
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....これがまさに「月の影取る猿」ってね