第三百九十四話 ゲロ
俺たちは職員から、死体は彼の部屋がある二号車で発見されたものの、身元確認のために彼の雇い主である『閣下』が貸し切っている六号車に運ばれていると言う話を聞く。
そうして俺たちは、六号車へと向かう。
「........帯刀してるっつう条件なら他の騎士共も..いや、身分のせいもあるか」
「でしょうね.....」
「危険な状況でしょうね、被害者の雇い主である閣下....もし、彼が足利殿を犯人だと見做せば....帝国自体と敵対することとなる」
俺たちが相談をしながら歩く。その少し後ろをジャクソンとエスコットは無言でついてくる。気を遣っているのだろうか....
そうして程なくして、六号車へと辿り着く。
警備の騎士へホワイトさんが交渉を行う。
「.....仲間の身を潔白を証明しにきた。被害者の遺体を見せてくれ」
「......容疑者の仲間を証拠へと近づけさせるわけにはいかない」
という風に交渉は平行線を辿る。
「彼らを入れてやれ」
何度も問答を繰り返していると、背後から声が響く。
「レイド様!!」
そこに立っているのは、レイドだ。
「ですが.....」
しかし、騎士は食い下がる。
「上官の命令に逆らうのか?」
そういうことで、俺たちは六号車への入室が許される。
俺たち三人に加え、ジャクソンとレイドが一緒に六号車へと入る。.....あれ?
「あれ....エスコットさんは?」
俺は疑問を口にする。いつの間にかエコットがいない
「帰ったんじゃねえのかい、ああいうやつは飽きっぽいんだ」
そうホワイトさんは悪態をつく。
「......お待ちを、エスコット殿はこの場にいらっしゃいます」
すると、リイがそんなことを言う。その視線の先には、レイドがいる。
レイドは困惑したような表情を見せる
「......どういうことかな?」
「貴方の体から、エスコット殿の匂いが致しますので」
「なるほど....人間離れとはまさにこのようなことを指すのか」
そう言って、レイドはエスコットのハンチングを被る。
「本物のレイド君には、少々眠ってもらっている....僕は変装が得意でね、まあ、道楽の範疇を出る代物ではないが」
「......なるほど」
そうして、扉を開ける。
車両の構造は、車両の前半分が談話室のような広い空間になっており、後ろ半分が個室のように壁で区切られているというほかの客室とは違った特別デザインだ。調度品漏れたちの部屋のものからさらにワンランク上だ。
その豪華な談話室の窓際に場違いな死体は鎮座している。
まずは、ホームズ扮するレイドが他の騎士へと命じる。
「ここからは私の持ち場だ、参考人である閣下以外は退出するように」
そうして、俺たちはまず閣下へと挨拶することから始める。
「俺たちの仲間が、その....この事件の容疑者になってしまって....それで潔白を証明するために色々調べているんです。.....ベリアルさんの死体を調べさせてもらっても?」
それに応えるのは憔悴しきった表情を見せる閣下だ。
「.....ああ、構わないよ。私の友の命を奪った悪魔の正体を突き止めてくれ。私は少し休ませてもらうよ、話を聞きたいならば個室で頼む.....」
しかし、こんなときでも柔和な表情は崩さない。そう言って閣下は個室へと引っ込んでいく
そうして俺たちはベリアルの死体と対面する。ベリアルというのはどうやら、出発前に駅で見た騎士のうち、体格が良かった方らしい。
その死体には身体中に紫色の斑点があり、喉をかきむしった跡がある。加えて、身体中に斬りつけられた痕跡がある。顔は水風船のように膨らんでおり大量の膿が吹き出ている。その顔は以前見た面影は残しておらず、隻眼であるという特徴とポケットに入っていたドッグタグでようやく判別できたと閣下が教えてくれた。
俺たちが個室で閣下からそんな話を聞いている後ろで、ホワイトさんとジャクソンが膝をつき死体を調べる。
「......死んじまったのは、明け方ってとこかね」
「.....ああ、君の予想で間違いないね。死因は中毒死だ」
「ああ、この傷跡は....死んだ後につけられたフェイク.....となると、誰かに罪を着せようとしたのか、相当恨まれていたか」
そんな風に色々調べているともう一人の騎士の人が戻ってくる。前に駅で見た痩身の騎士だ。
「.......閣下、このような時に恐縮ですが、少々気分が悪いので部屋で休んでもよろしいですか?」
「....ああ、エンリケ....構わないよ」
そんな風に話し、退室しようとするエンリケをエスコットが呼び止める。
「失礼ですが、エンリケさん.....いくつか質問をしてもよろしいですか?」
「.......先ほど、話せることは全て貴方の部下に話したが」
「申し訳ないが、自分の耳で聞き、目で確かめなければ納得しない性質でね」
「はあ....かまわないが、手短に頼むよ」
そう言って、エンリケは手でメガネの位置を直す。
「まずは、一つ目......ベリアルさんのご遺体は少々...いや、かなり乱暴に傷つけられていますが、何か恨まれていたというお話はございましたか?」
「さあ....恨まれていた、という話は聞かないね、少なくとも私は知らない」
「左様ですか、では次に....彼に食べ物のアレルギーなどは?」
「アレルギー....?いや、なかったと思うが.....好き嫌いもないはずだ.........はあ、一体なんだね君は、私は君よりも上級の騎士であるということを忘れているのか?」
「失礼。ですが、これが最後の質問です。貴方が手袋を身につけていらっしゃる理由を伺っても?.....騎士の正装というわけでもないでしょう」
そう言ってエスコットはエンリケの身につける黒革の手袋を指差す。
「.....ああ、これか、私は誰が触ったともわからないものに触れるのが我慢ならんのだ。特にこう言った機関車などはてんでダメなんだ.....はあ、もういいかい?」
「随分とお急ぎのようですね」
「先ほども申したであろう!!!私は同僚のこのような姿を目の当たりにして、気分が悪いのだ」
「それは失礼いたしました。これ以上の質問はございません、ご迷惑をおかけしました」
「はあ、まったく.....」
「ご協力感謝いたします」
そうして、エンリケは退出していく。
そうして死体の検分も終わったということで、俺たちは六号車を後にし、ベリアルの個室を見にいくことにする。
そのとき、俺の視界にベリアルの見るも無惨な死体が入り込む。
「.....うっ!!」
俺は反射的に口元を抑え、部屋を出ようとするも、数歩を歩いたところで胃の中身をぶちまけてしまう。
「おいおい.....大丈夫かよ」
そう言いながらも、ホワイトさんは俺が吐き出したものを魔術で凍らせて拡散を防ぐ。
「大丈夫ですか?」
そう言ってリイは背中をさすってくれる。
「はい...すいません」
「殺人事件の死体と戦場の死体は全くの別物だからね、こういった日常に入り込んだ死体は腐臭を放ち死体を死体として認識させるんだ。歴戦の刑事であっても耐えかねて嘔吐してしまうことが多々ある」
「気にするな、と彼は言いたいんだ。良ければ、これを使うといい」
そう言ってジャクソンがハンカチを貸してくれる。
「すいません....」
「気にしなくていい、安物さ」
そうして何事かと出てきた閣下をみて、仕出かしたことの重大さを思い知り、反射的に土下座をして謝罪をする。
「大変申し訳ございません!!!!」
それを見た、閣下は穏やかな笑みを保ったまま応じる。
「ははは....気にしないでくれたまえ、実を言うとね、私も彼の死体を見た時に戻してしまったんだ。誰でも、あのような無惨な死体を目にすればこうなる。特に君のような若い人はね」
「本当に申し訳ございません!!」
「ははは、大丈夫さ。あとで係員を呼んで処理してもらうさ。......あと、レイドくんだったかな」
「はい、どうなさいましたか?」
「エンリケのことは許してやってくれ、あれは几帳面な男なんだ。コップの位置だとか、メガネについた埃だとか、そういう細かいことにも妥協できない男でね......しかも友人が死んで精神的に参ってしまったんだ。エンリケのことは放っておいてやってくれ」
「承知しました。彼の心労を癒すためにも一刻も早く犯人を突き止めて見せます」
「頼もしいね」
そうして、再度閣下へお礼と謝罪をし、俺たちは二号車へと向かう。
ブクマ感謝!!!!!




