第三百九十二話 郷愁
そこは食堂車の席の一つ。
窓際にある二人がけの席には、二人の紳士が座っている。
時刻は夜明け直後ということもあり、彼らを除いて客はいない。
「.......ジャクソン君、このベイクドビーンズは少々水気が多過ぎるとは思わないかい?」
「エスコット、確かに君の言う通りだが、これはこれで悪くはない」
「僕はダメだね、これ以上は我慢ならない。ただ、出された食事を残すだなんて紳士らしからぬ行為だ」
「君の言う通り、マナー違反もいいところだ」
そうして二人は、ナイフとフォークをまるで自分の手足のように操って上品な仕草で食事を進めてゆく。
「あとは、食後のコーヒーを嗜んで朝食は終わりだね」
「ああ、そこの君、コーヒーを二つ頂いても?」
「承知しました」
「ありがとう、食事も大変満足だとシェフに伝えておいてくれるかい?」
そう言ってジャクソンは穏やかに笑みを浮かべる。
「光栄です」
そうして車内に穏やかな時間が流れる。
そんな車両に入ってくる人影がある。
男は場にそぐわない鎧を身に纏った壮年の男。
「コーヒーを一つもらえるかい?」
男は快活にウエイターへと話しかける。
「承知しました」
すると、男の視線が二人組へと移る
「おっと、失礼しました。もうお客様がいらっしゃったとは.....失礼、私はレイド、この機関車に常駐し、警察業務を担当する騎士で、階級は警部です。」
二人の紳士はそれぞれ帽子を外し、挨拶をする。
「ご挨拶が遅れました。僕の名はエスコット、しがない旅人です」
「私の名前はジャクソン、エスコットと同様旅人です」
「これは、ご丁寧にどうもありがとうございます」
そうして、ウエイターからコーヒーを受け取りレイドは食堂車からさっていく。
「鉄道警察か....先進的なことだ」
「そうだね、それに所作も洗練されていた」
そうして二人はコーヒーを啜りながら世間話に花を咲かせる。
「騎士といえば、エスコット、この機関車に帝国の大物が乗っているそうじゃないか」
「ああ、たしか......帝国の騎士と外交官を兼ねている通称『閣下』という人物だったかな」
「そんなエリートが国境へ向かう機関車に乗るだなんて、不思議だと思わないかい」
「それはきっと、外交の任務だろうね....ここ数十年の間に国交が結ばれたアポステルとの外交交渉だろうさ」
「なるほど、高官というのも我々庶民には計り知れない苦労があるということか」
「そうだろうね」
「それにしても、ジャクソン君。あの四人、興味深いと思わないかい?」
「君の言う通りだ。獣人にヤマト人の男が二人に、西部系の顔立ちの男の四人組、変わった組み合わせだ」
「たしかに君が言うように、組み合わせも特異だが.....あの四人はそれ以上の何かを持っている気がしてならないんだ」
「具体的にはどんな物なんだい?」
「『自分の考えた正しいと得心できるまで、口外せずに熟慮する』と言う僕の掲げる心情に反するかもしれないが、君になら話してもいいかもしれない」
「それは光栄だ、それにしても君にもわからないことが存在するなんてな」
「僕は凡庸な人間さ。それで.....彼ら四人なんだがね、この違和感を言い表す言葉を僕は知らない。いや、あらゆる百科事典にも載っていないだろうね」
「ほう、君にそこまで言わしめるのか、興味が湧いてきたよ」
「あえて名前をつけるならば、『郷愁』だろうか、ただこの言葉も適切ではないね....」
「たしかに言い得て妙かもしれないね、まあいいさ、その『謎』も君の頭脳で解き明かせるはずさ」
「ああ、もちろんそのつもりさ」
 




