第三百九十話 推理ショー
俺はうまそうな香りで目を覚ます。
俺はそのまま匂いの元を追って個室の外にある談話室へと歩く。
「おはようございま....うわっ!うまそー...」
そこには4人分の豪華な食事が鎮座していた。
「おはようございます、【主人公】さん」
「おはようございます.....」
リイは既に席へついており、俺もその隣に座る。
正面にはジャクソンとエスコットも座っている。
「せっかくの機会だ。ディナーを共にしないかい?」
エスコットはそう言って微笑む。
「かまいませんが.....義輝さんとホワイトさんは?」
「お二人は先に食事を終えられたようで、寝台でお休みになっています」
ジャクソンさんがそう説明してくれる。
「なるほど....じゃあ、いただきましょうか」
そうして、食事が始まる。
「ジャクソン君、スコッチエッグだ」
「ああ、エスコット.....懐かしいね」
「リイさん、このシチュー、美味しいですね!!」
「ええ、濃厚な旨み.....初めて味わうのにも関わらず母の手料理を思い出します」
そうしてしばらくは無言で食事を進める。
ふと、エスコットとジャクソンの方に目をやると彼らのテーブルマナーはかつてコゼットやセレスが見せたそれと遜色ないレベルで洗練されていた。
そんな最中、俺はサラダに入っていたグリンピースに苦戦する。ポロポロと落ちてしまいうまく食べられない。
すると、そんな俺の様子を見ていたジャクソンが話しかけてくる。
「【主人公】くん、と言ったかな?もしよろしければ、私のやり方を真似してみるといい」
そう言って彼は実践してみせてくれる
「まずは、ナイフを支えにする。次に、フォークでグリンピースを刺すんだ。そうして、フォークに数粒刺さったら口へ運ぶ」
「なるほど......ありがとうございます!」
「お役に立てたようで良かったよ」
そう言ってジャクソンは穏やかに微笑む。
「.....すいません、こういった場に慣れていなくて、見苦しい姿を見せちゃって」
「ははは!!謙虚な少年だと思わないか、ジャクソン君!!」
そう言ってエスコットが大笑いをする。
「気にしないでくれ、こういった料理の本場である私の故郷でも『皿にグリンピースだけを出されたら、その店を出る』なんて言う人間も珍しくないくらいさ」
「ジャクソン君の言う通り、豆料理をいかに上品に食すか、そのようなつまらないことに一喜一憂する必要もないさ」
その後も四人で雑談を続ける。
二人はどうやら、旅人のようで貴族というわけではないそうだ。
そんな時、別の個室の扉がバンっと音を立てて開く。
男は神経質そうな太った男。
「おい!!平民が談話室で騒ぐな!!ヴィレッジ男爵家の当主である俺の優雅な食事を邪魔する気か!!!」
すると、エスコットが立ち上がる。
「失礼....しかし、談話室と言うからには、談笑をする場。そのような場で話すなとおっしゃるのは少々無理があるのでは?」
「関係あるか!!!うるさいと言われたら黙るのが筋だろう!」
「筋.....とおっしゃいますか、ふむ.......ところでムッシュ、この数日の間に、ご家族を亡くされましたね?」
「なっ.....!!!」
「ふむ....その相手は奥方、ですかな?」
「な、何を言うか!!」
「ははは!どうですか、図星でしょう?」
「な、なんなんだ.....くそっ、そうだ、正解だ!!.....これで十分か!」
「ええ、ただの当てずっぽうですが....ははは、今なら貴方の全てを見透せそうです」
「.......な、なんだこいつは!気味の悪い男だ」
すると男は顔を真っ青にして部屋へと入っていく。自分のことをぴたりと言い当てられたのが相当不気味だったのだろう。
「........すばらしい、本当に当てずっぽうなのですか?」
そんなことをリイが聞く。
「まさか!僕は当てずっぽうは決してやらない。あれは癖になると大変だ、推理力がダメになってしまうからね」
「では、あれは貴方の推理だと?」
「ああ、そうさ!....では、種明かしと行こうか」
「それは興味深いですな」
そうして俺たちは彼の話に耳を傾ける。
「まず一つ。彼は食事中だと言っていたが....酒の匂いがしなかった。帝国の貴族は夕食時には飲酒を伴うのが一般的だ。しかし、彼は酒を飲んでいなかった。......これはとある理由によって酒を絶っている証拠さ。例えば....親族の死などだ。帝国貴族法 第二十三条三項では、正室や嫡子の喪に服する期間に飲酒を禁じるという条項がある」
「でも.....それだけじゃ、喪に服してるって断定できないんじゃ?単純に医者に止められている可能性もありますよね」
俺はそんな疑問を投げかける
「ああ、【主人公】君の言う通りさ、しかし、僕はそれを妻の死だと断じることができた。その理由は彼の薬指にある」
どうやら、それも織り込み済みのようだ。
「薬指?」
「そうさ.....彼の薬指には長年指輪をはめていた痕があった......薬指に嵌める指輪といえば一つ...それがないということが示す事実も自ずと絞られてくる。そうして、先ほどの飲酒の件と合わせれば......真実は輪郭を帯びるんだ」
「なるほど!」
俺たちは彼の推理に舌を巻く。
「さすがだよ、エスコット」
「素晴らしい、感服いたしました」
「どうもどうも!」
そう言って、エスコットは大袈裟に手を振りながら席へ着く。
「それにしても、あのおじさん、めっちゃ驚いていましたね」
.....まあ、彼にすれば話してもいない自分のことを見ず知らずの相手にぴたりと言い当てられたのだ。その恐怖を察するのあまりある。
「ははは!中間の推理をことごとく消し去って、ただ出発点と結論だけを示すとすると、安っぽくはあるが、ともかく相手をびっくりさせる効果は十分なのさ!!」
そうして、デザートのマカロンまで堪能した俺たちは部屋に備えられたシャワーで汗を流し、寝台にて眠りにつく。




