第三百八十八話 スコッチエッグと乱数と羽織 Ⅰ
あれは、この妙な世界に転移して一年経つか経たないかの頃だった。
この頃の俺は魔術を用いた戦闘を確立し、余程苦手な相手でもない限り獣共に遅れをとることも無くなった。
しかし、この世界の獣狩り連中の倫理観は最悪で、そのようににソロで稼ぐ俺が気に入らないらしく。度々カツアゲに遭った。......まあ、返り討ちだが。
そんな安定こそすれど、新鮮味を感じなくなり研究も滞っていた日々を俺は送っていた。.....正直、この頃は伸び悩みのようなものを感じていた。強力な獣は手下を引き連れる。その獣共に邪魔されてボスを仕留めきれない。そうなると、強力な魔術を放たざるを得ず、生態の研究や魔術の研究が進まない。そうなると、俺自身も戦闘データが不足する。所謂、袋小路に陥っていた。
「人間はただ人間的な社会の中においてのみ、真の人間となる」
.....ドイツの偉い学者の言葉だ。日本にいた頃は鼻で笑っていたものの、孤独な環境に身を置かれるとそう言ったことを実感した。ただ、この世界の獣狩りとかいう連中は倫理観もプロ意識も何も持ち得ないため、彼らと徒党を組んだところで、むしろパフォーマンスが低下するというだけだった。
そんなある日のことである。畜産業が盛んな地域にある小さな宿場町を拠点にしていた時だった。
「.......今日も疲れたな、それに右足の筋肉に圧痛点がある。こりゃ、明日は筋肉痛だな」
そんなことを孤独にぼやきながら、俺はいつもの酒場へと入る。
ここの連中も....というか、この世界にいる連中の全てと言って等しいが、ともかく周りの人間とは馬が合わない.....知性も、バックボーンも、才能も、使命も、何一つ分かち合えない。誰一人俺とは対等ではない。
孤独感。そんな非合理的なものが俺の体を満たしていた。
「マスター....ホットミルクとパン、あとはこのスコッチエッグを貰えるかい?」
「酒は?.....ここは酒場だぞ?」
「ソロの後衛職が夜に酒なんか飲めるかよ」
「パーティは組まないのか?」
「俺に見合う連中がいればな」
「.......酔狂なやつだな....っと、この時間は混んでいてね、相席でも構わないかい?」
「.......構わねえが、サービスしてくれ」
「ああ、サーモンのフライを一つつけてやる」
「契約成立だ」
そうして、ウエイターの案内に従って窓際の二人がけの席へと座る。
そこに座っているのは和装....こっちの世界ではヤマト風か...の装いをしたアジア系の男だ。刀を持っている様子から判断するに獣狩りだろう。
ただ....俺の直感がこの男の正体に対する俺の所見を否定してくる。
しかし、男の外見はヤマト人の獣狩りだ.......
ただ、俺は本能的に男へ日本語で挨拶をする。それは単なる気まぐれか、運命の...いや、そんな非合理的なもんはねえか
『よお、相席させてもらうぜ』
「......!!!」
男はスカした野郎だったが、俺の言葉を聞いてギョッとしてこちらを見る。後にも先にも、こいつのそんなツラみたのはこれが最後だ。
『......何奴』
『俺の名はホワイト......天才科学者だ』
『......そうか』
男はそうとだけ言うと、瞑想を始める。
そうして無言の空間に二人分の食事が運ばれてくる。
男の皿にはパンとスコッチエッグ、グラスには米の香りがする酒が注がれている。
「........」
「.........なあ」
「........」
男は黙々と食事を進める。
取りつく島もねえ以上、これ以上の対話は合理的じゃねえ......機嫌を損ねて攻撃されちまう可能性もあるし、なにより、現状の最優先事項ではない。
そんなことを考え、この男への興味が消滅した直後のことであった。
「これは.....肉か」
男はそんなこと言いながら、顔を顰め...スコッチエッグの周りについた肉を箸で剥がし始める。しかし、肉はしっかり卵へくっついており、苦戦している様子だ。
「.......お前何してやがんだ」
「........肉は好かん」
威厳あふれる佇まいをした無言な男が、肉が嫌いだと言いスコッチエッグを分解し始める姿は俺の退屈な気分を吹き飛ばすには十分すぎた。
「はっ!!!面白え野郎だ.....」
そこで、俺はとあることをひらめく。
「おい.....肉が嫌いってんなら、俺の皿にあるサーモンのフライと交換してやるよ」
「.......なんのつもりだ」
「ただし、俺との会話に付き合え.....食事の間だけでいい」
「.......相分かった」
そうして、俺とこのスカした剣士との腐れ縁が始まり、虎の詩人や青臭い小僧と旅を共にするようになるのはしばらく先の話だ。
ちなみに、スコッチエッグとは挽肉でゆで卵を包み、パン粉をつけて揚げたイギリスの食べ物です。




