第三百八十六話 奇妙な乗客
俺たちが乗る車両には、扉で区画されたボックス席と寝台が俺たちのものを入れて4組ある。加えて、テーブルと椅子がある談話スペースのようなものまでついている。.....どうりで予約が埋まるわけだ。この乗り物で求められるのは収容能力ではなく、快適さなのだ。ゆえに乗客の定員は俺たちが考える電車よりも少ないのだ。
そうして、談話スペースに出てみる。
「.......他にも客がいるはずなんですけど、いないですね」
「......あれじゃねえの、俺たちは獣狩りだしよ、警戒して出てこねえんじゃねえの」
「無差別に人を襲うわけでないのだがな」
「彼らからすれば、凶暴な獣と同じ檻に閉じ込められているという感覚なのでしょう。その獣がどれほど自身の安全さを説こうと信じらますまい」
「......リイの言う通りであるな」
「ま、いいじゃねえか.....せっかくの貸切だぜ、楽しんじまおうぜ」
そうして、俺たちは談話スペースに腰掛けアメニティの紅茶や茶菓子をいただくこととする。
「......わるくねえな、保存食でこのレベルが味わえるとはな、帝国の紅茶事情はなかなか洗練されているな」
「......ホワイト、お前の茶は砂糖の入れ過ぎでもはや原型を留めてないではないか」
「たしかに、ホワイトさんの紅茶.....お茶っていうか砂糖ドリンクですよね」
「......ホワイト殿、少々ご自身の体を顧みられては?」
「こういったモンは若えうちに楽しむのが、賢者の選択だぜ。それに、紅茶は砂糖ありきだろうがよ!」
そんなとき、隣の個室の扉が開き....声が響く。
「.....その発言は看過できないね、ミスター」
現れたのはハンチング帽にスーツという紳士然な装いをした三十代前半の男だ。
「....そう言うあんたはどこのどいつだ?」
「これは失礼した。僕の名はエスコット、紅茶には少々うるさい国の出身でね....君たちさえ良ければ、諸君に紅茶を振る舞わせてもらっても?」
男は長身で、冷めた瞳が特徴的な男だ。彼の瞳からのぞく知性はリイの教養やホワイトさんの科学とはまた毛色の違う種類のものではないかという気がする。
「.....そこまで言うなら是非とも頼むぜ、ただ.....俺は忖度しねえからな!!お前らもすんじゃねえぞ!」
「ははは.....エスコットさん、よろしくお願いします」
「ああ、楽しみにしておいてくれ」
そう言うと、彼は洗練された手つきでポットを温める。そこに目分量で茶葉を入れると湯を注ぎ、これまた自身の感覚だけで茶葉を蒸らしていく。そうして、優雅な動作でそれを六人分のカップに注ぐ。これまた目分量で極少量の砂糖を入れる。
俺たちは、そのカップを一人ずつ手に取り、それを啜る。
「これは.....うまいです!同じ茶葉とは思えない.....」
「たしかに.....【主人公】さんのおっしゃる通りです。淹れ方だけでここまで変わるとは.....」
「........技を感じる」
「おいおい!!お前ら、相手に忖度してんじゃねえよ..........................ただ、悪くはないな」
「お気に召したようで何より、紅茶は蒸らしの時間がその味を決めると言っても過言ではない........君たちの淹れ方は蒸らしの時間が不十分なんだ」
「........なるほどね、ご教示感謝するぜ」
「いや、たいしたことではないさ......おっと、友人が戻ったようだ。失礼するよ」
エスコットがそう言うと、車両同士を区画する扉から口髭とフェルトハットが特徴的な三十代くらいの男が現れる。.....心優しそうな瞳と表情が特徴的な男だ。
「待たせたね、エスコット.....では、チェスの続きをしようか」
「ああ、ジャクソン君....ところで、ここに来る途中で貴婦人とすれ違ったようだね」
「確かに君の言う通りだ。しかし、なぜそれを?」
「簡単なことさ、君の肩にブロンドの抜け毛が落ちている。それに、ハットが先ほどよりも少しズレている。これは貴婦人とすれ違った時にハットを外して挨拶をした証拠だろう。.......実に初歩的なことだよ、ジャクソン君」
「さすがだよ、エスコット.....ところで、彼らは?」
「ああ、彼らは僕の退屈凌ぎに協力してくれた方々だ」
「なるほど.....私はジャクソンという者だ。是非ご贔屓に」
そう言って、ジャクソンはハットを外しこちらへお辞儀をする。
さすがに、俺たちも挨拶をする
「俺は【主人公】っていいます!」
「リイと申します。以後、よしなに」
「.......足利義輝だ」
「ホワイトだ」
「【主人公】君にリイ君、義輝君、そしてホワイト君か.....三日も同じ車両で過ごしていれば関わることもあるだろう。仲良くしてくれ」
そう言って、二人は余った二つの紅茶を持って個室の中へと戻っていく。
「ははは.....随分変な人たちでしたね」
「小僧の言う通りだな....にしても、あのエスコットとかいう野郎....鼻につくじゃねえか」
「ですが、紅茶の淹れ方は一級品でしたな」
「........彼奴等からしたら、私たちの方がよほど奇妙だろう」
「ははは、間違い無いですね!」




