第三百八十五話 機関車で行こう
俺たちは、全6両編成の機関車のうち3両目の客席に座っている。どうやら、すべての客室が個室のようになっており、さらに高位な者ともなれば車両丸々を使用するそうだ。ここから、三日間俺たちはこの列車で過ごすこととなる。俺たちのテリトリーは、四人掛けのボックス席と、その隣にある寝室だ。
「へえ....ちと窮屈だが、安宿よりは遥かにマシだな」
「おっしゃる通りです。....っと、そろそろ食事に致しませんか?」
「ああ、リイの旦那の言う通りだ、腹がへっちゃあ戦はできねえっつうしな」
そうして、俺たちはボックス席へ腰掛け、外の景色を見ながら食事をとる。
牛肉を甘辛く味付けした、牛飯弁当のような駅弁と、瓶に詰められたお茶を皆で分けて食事をとる。
「やっぱ、旅行といったら駅弁ですよね!!!」
「ああ、本当は崎陽軒みてえな焼売弁当が食いたかったんだが、ねえもんはしょうがねえ」
「それに、移り行く景色を眺めながら食事をすると言うのも風情があって素晴らしい」
「......この肉飯も美味だ」
意外にも肉が嫌いだった義輝さんが、牛肉弁当を褒める。
「へえ.....おまえさんが肉料理を褒めるなんてねえ....」
「.......私とて、美味いものは美味いと言う」
「にしても、よかったです。義輝さんが機嫌なおしてくれて」
「.......そこまで怒ってはおらぬ」
「たかだか、銅貨数枚の弁当でご機嫌が取れるなんて随分安上がりな男だねえ」
「.......お前は黙っていろ」
そうして、弁当を完食した俺たちは。しばらく雑談を交わす。これからの旅路のおさらいや、リイが戦った『ドア男』について、先ほど出会った閣下についてなど、完璧な雑談というよりは実利的な意味合いの強いものとなった。
そんななか、リイが思い出したようにベルボーイからもらっていた荷物の風呂敷を解き出す。
すると、懐かしくて甘酸っぱい香りが部屋に漂う。
「ベルボーイ殿からいただいたみかんをいただきませんか?」
「みかん...!いいですね!!大好きなんですよ!!」
俺は故郷を思わせる、食べ物にテンションが上がる。.........義父の実家の親戚にみかん農家がいて、毎年冬になると段ボールいっぱいのみかんが送られてきた。俺以外の家族3人じゃ食べきれないということで、普段は果物なんてもらえない俺でも食べることができた唯一のフルーツ。だから、みかんは大好きだ。
「いいじゃねえか!みかん!!暖房の効いた部屋で食うと美味いんだよなあ」
「.....ほう、蜜柑か....八代の相良が献上してきて以来だな」
「魔術で冷やしてから食すと良いとおっしゃっておりましたので、ホワイト殿、お願いしてもよろしいですか?」
「おうよ!」
そうして、ホワイトさんの魔術でいい感じに冷やされたみかんを四人で食う。
「うまいっすね!!」
「.....ええ、甘い果汁が染み渡りますな」
「これだよ!!これ!......いいねえ、やっぱ俺は日本人だって実感するぜ」
「.......美味いな」
風呂敷の中にはまだいくつかみかんが残っている。
「次は冷凍みかんにしようぜ!!」
「冷凍....とは、みかんを凍らせると言うことでしょうか?」
「ああ!!みかんの果肉がシャーベット状になって美味いんだ」
「懐かしいな....小学校の給食でよくでてました」
「......氷菓子か、雅ではないか」
「ほう、では....ホワイト殿、魔術をお願いしても?」
「任せろ.....大気、凍れ」
そうして完成した冷凍みかんを皆で楽しみながら、今度は生産性のかけらもない雑談へ興じる。
「にしても、リイの旦那.....殺人犯を見つちまうなんて探偵みてえじゃねえか!!」
「ほう...探偵、ですが...私はこの聴覚で犯人を追跡しただけにすぎません」
「流石の五感だねえ....いくらホームズでもそんな真似はできねえだろうな」
「ホームズとは?」
そう問うリイさんへ、俺が説明する。
「ホームズってのは、どんな事件でも解決しちゃうっていう名探偵で....」
「なるほど....興味深い作品ですな」
「でしょう!!」
「ホームズ....懐かしいな。やっぱ、ホームズつったら『緋色の研究』だよな....科学で犯人を追い詰める姿に痺れたなあ..」
「『緋色の研究』の研究もいいですけど、『赤毛組合』の衝撃も忘れ難いですけどねえ....」
そんな風に俺とホワイトさんはそれぞれのお気に入りのエピソードの概略をリイと義輝さんに話し、彼らなりにその物語を推理するという遊びが始まることとなる。
そうして、俺達を乗せた鉄の箱はゆっくりとその、車軸を回転させる。
赤毛組合の話は初見で読んだ時、結構驚きました。あのホームズの淡々とした解説が好きなんすよね。




