第三百七十五話 你是誰阿
『ドア男』.....いえ、『ドア女』とでも言うべき彼女の顔が私の眼前へと晒されます。
私は彼女の性別もそうですが.....彼女の正体にも驚きを隠せません。
「貴女は....」
「我は神の意思の請負人。汚れを祓うは至上の志」
「......いつものような奇天烈な喋り方はなさらないのですね」
そう。彼女の正体は私がこの街にて幾度となく訪れた料理屋『観音の鬚』の看板娘であったのです。
「私は、己を捨てこの地から汚れた血を払う戦士だ」
「ラオフェンさん....そのようなことをなさるよりも、美味しい小籠包を客へ届ける方が余程生産的だと考えますが...」
「神の意思の名の下には全てが些事、我が掲げるのはこの地の救済」
......話が通じない。発狂しているのでしょうか、それにしても昼間に見せるあの朗らかな表情や愛嬌ある仕草が嘘のように消えている。救済に神の意思、そして、娼婦の殺害......この地にて差別されるような身分にある人々を殺害することで完全に取り除き、この街の治安の回復、彼女の言葉を借りるならば救済、もしくは浄化する。それが彼女を突き動かす大義....といった次第でしょうか。
これが素ではないと、信じたいところですが。
「我が裁きを邪魔立てするのならば、その魂を漂白の輪廻の中へ」
「.......そう簡単に、この命を差し上げるわけには参りませんな」
そうして、攻防が再開します。
大雨と暗闇という条件によって、視力と聴覚がうまく働きません。
ゆえに嗅覚に頼っての戦いになるのですが、まるで暗闇をモノともしないかのように戦う彼女の前では防戦一方という状況です。
彼女は私の体の獣の部分を的確に抉ってゆく。
月の異変のと合わせて考えれば、彼女はなんらかのギフトを保有していることに間違いはないのですが
......なんなのでしょうか、先日宿で行った雑談の記憶を必死に手繰り寄せます。
......この雨です、音の反響や聴覚を利用した手段ではないということは明白でしょう。
私の体に何か細工がされているという推察も無理があります。
であれば、視界を介した能力であると結論づけるのが正解に近いでしょう。
.........サーモグラフィー、ふとそのような言葉が頭をよぎります。
物体の温度を視覚化するという手段であれば、この暗闇で敵を容易に見極めることができるでしょう。
ですが、このか細い推論に命の手綱を握らせるわけには参りません。
推論と観察
その手段を踏んで初めて、仮説は事実という輪郭を帯びるのです。
私は、わざと正面に隙をつくります。
彼女の刃が私の腹を浅く切り裂きますが、それと同時に大きく飛び退きます。
そうして、懐から二本の針を取り出します。
私はそれの片割れを口へ含み、私の体温をそれへ移し替えるように念入りに口内で温めます。
もう一方の針は、袖口へと仕込み、なるべく触れないように、鉄本来の冷たさを傷つけぬように。
そうして、私は口を開きます。
「貴女の理想とやらは根本から破綻しております。この街を『救済』したいと申されるならば、殺人という手段は間違っております。街とはその地に住む民をも含みます、街そのものである民を傷つけては本末転倒.....といっても一介の給仕である貴女にそのような高尚な思想が理解できるとは思えませんが.....『燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや』とは申しますが、ははは....少々難解な話でしたか?」
かつて、上官が私に嫌味を言った時のように、【主人公】さんが敵の注意を己へと集める時のように、奴の精神を逆撫でします。
「.......獣人風情が、私の高尚な理想を断じるな」
.....「私の」ですか、底が見えてまいりましたな。
そうして、彼女は私へと接近し、顔を切り裂こうと試みます。
その瞬間、私は彼女を正面位捉えたまま飛び退き、含み針による奇襲を行います
你是誰阿:(中国語で)貴方はどなた?




