第三百六十八話 雨宿り
この世界へ来て、初めて目を通した詩集。
私が転移し、目を覚ました街、そこに佇む古本屋で購入した詩集の出来は大変素晴らしいものでした。
耽美な言葉遣いで語られる、作者の人生を覆っていた孤独と回帰。
漢詩ではない形式の詩歌に親しみはございませんでしたが、心を奪われたことを覚えています
そうして、旅を続けるうちに、その作者のゆかりの地を訪れることとなるとは....そうして、彼の墓標への参詣を終え、アンブレラの街についたのは日が暮れた後でした。
街は、閑散としているのにも関わらず騒がしい。
私は用心しながらも、宿へと向かいます。ちょうど、夕食の支度が始まったようで、足利殿とホワイト殿のお二人はすでに席についています。【主人公】さんは、本日....求婚の件に関して決着をつけるとおっしゃっており、そのままが外泊するやもしれないともおしゃっていました。
「よお、リイの旦那....ちょっと、やばいかもしれんぜこの街は」
などと、言いながら麦酒片手に私を出迎えるのはホワイト殿です。
「.......」
無言で茶を啜ってらっしゃるのは足利殿です。
「どうなさいましたか?」
「それがよ...」
そうして語られたのは、『ドア男』が未だ生きているという事実でした。
「.....なっ!!」
私は、その衝撃を心のうちに止めることができず表へ出してしまいます。
「ああ、にしても...『ドア男』つったか....なかなかの手練かもな」
「どういうことだ?」
「手練」という言葉に足利殿が興味を示されます。
「アンブレラの街はご存知の通り、日が昇るまで真っ暗だ。そんな暗闇で逃げ惑う娼婦をとっつかまえて、しかも、あんな趣味の悪いサインまで残す余裕があるなんて...妙だと思わねえかい?」
たしかに、些か...不可思議です。獣人...という線も考えられますが、獣人であれば少なからず毛が落ちる。しかし、犯行現場にそのような痕跡はありませんでした。
「.....言われてみれば、リイのように鼻が効くわけでもないであろうに、如何にして犯行を続けているのだ」
「....おっしゃるとおりです。『ドア男』もまたギフトの保有者なのでしょうか?」
「かもな....暗視かサーモグラフィーか、反響定位か....他の五感を研ぎ澄ませてやがるのか.....はたまた、全く別のアプローチか....」
「......ホワイト殿、サーモグラフィーとは?」
「そうか、リイの旦那や【剣豪】は中世以前の生まれか....ああ、サーモグラフィーっつうのはな、、物体が放射する赤外線を捉えて温度分布を画像化するシステムのことさ」
「....赤外線...?それに温度分布を画像化とは...?」
「あー...あれだ、対象の温度を可視化するんだ。たとえば、真夜中の空気と人の体温なら、当然人の体温の方が何倍もあったかい....それを可視化するんだ」
ここまで聞いて、やっと理解いたします。....先の世には便利なものが多くあるようです。
「なるほど....視界に映るものの温度差を可視化しているということですか」
「さすがは、リイの旦那だ.....【剣豪】は....聞いてねえな」
「.....たとえ、知ったとしても私の役には立つまい」
「だろーな」
その後も、食事をしながら、反響定位や蓄光塗料といった、暗闇でも対象を可視化する手段について教えを乞うこととなりました。
.....明日にでも、ベルボーイ殿の下に一度伺いましょうか。




