第三百六十六話 燕が低く飛ぶ
そんな時であった。おめでたムードをぶっ壊すようなノック音が部屋へ響く。
間も無くして部屋へ駆け込んできたのは、先日修練場で俺の武勇伝に目を輝かせていた中にいた若い騎士だ。
「失礼致します!!!至急、ベルボーイ殿からの言伝を預かっております」
部屋の空気がドッと重くなる。
「貴様!!何のつもりだ!!不躾にも程があるぞ!!」
ゴームズの一喝に怯えながらも、若い騎士は続ける。
「ですが!急を要する事態であると!!」
そこまで聞いたゴームズは、
「.....わかった。先ずは私が聞こう。....外へ」
そう言って外へ出ようとする。
しかし、
「ジェームズ様に直接お伝えして、判断を仰げと....」
騎士は食い下がる。....相当な緊急事態らしい。
「貴様!!この街の治安維持の責任者は私だぞ!」
ゴームズがそう怒鳴る。....まあ、ヒラが直属の上司を飛び越え、いきなり社長に直訴しているようなものなのだろう。それで、この幸せな空気をぶち壊されたとあれば、ゴームズがこうなるのも無理はない。
そこまで聞いて、ジェームズが重々しく口を開く。
「........もうよい、ゴームズ.....ルーカスよ、話を聞かせてくれ」
そうして、ルーカスと呼ばれた騎士は口を開く。
「それが.....色町の路地裏にて、先ほど....『ドア男』の被害者の者と思しき死体が発見されたそうで.......」
「「「「「「.........!!!」」」」」」
......は?何かの間違いだろう。ソーはもう殺した。それで、『ドア男』事件は収束したはずだ。
.......冤罪、だったのか?いや、あいつはあいつで犯罪者か....。となると、模倣犯?真犯人?....一体どうなっているんだ。
「........それは真実か?」
「はい!!本日の夕方、娼婦の死体を街の獣狩りが偶然発見し、憲兵への通報により発覚したものです。解剖や識者からの助言の結果、昨晩殺害されたものだと断定されました!!」
「.....ソーの死体はすでに火葬済み、奴は『ドア男』ではなかったのか」
そう言って、ジェームズさんは暗い顔をする。
コゼットは顔を真っ青にして、アレスに抱きついてる。
アレスはそんなセレスを守るように彼女を抱きしめる。
「.........騎士を動員して、街の巡視にあたらせます。それでは、失礼致します」
そう言って、ゴームズは若い騎士を連れてその場を立ち去ろうとする。
「ああ、頼む」
それに待ったをかけるのはアレスだ。
「父上!!私もお供します!!」
しかし、ゴームズはそれを許さない。まあ、新婚ほやほやの男だ。妻のそばに居させてやりたいというのが親心というものだろう。それに、『ドア男』が女性を狙う以上セレスがターゲットにならないとも限らない。まあ、その可能性は限りなく低いだろうが。
「アレス.....お前はセレス様をお守りしろ」
「そういうわけには.....」
しかし、アレスは葛藤しているようだ。騎士としての責務か、夫としての責務か。
そこで、口を開くのは意外にもセレスだ。
「ゴームズ!アレスを....私の夫を連れて行って差し上げて」
そう言って、アレスの背中を優しく押す。その姿は泣き虫で無垢なご令嬢ではなく、一人の「婦人」であった。
「....セレス!!」
「アレス....私なら大丈夫よ!!先生に守っていただくもの!!だから....貴方は、騎士としての責務を果たしなさい」
「わかったよ、セレス。....【主人公】さん、妻を....セレスをどうかよろしくお願いいたします」
「まかせてくださいよ、俺がいる限り、誰一人死なせませんよ」
「英雄殿にそこまで言っていただけるとは......感謝いたします」
「セレス様.....旦那様をお借りいたします。....ご安心を、必ずお返しいたしますので」
「ええ、ゴームズ!返さなかったら承知しないわよ!!」
そうして、騎士たちは退出していく。
続いて、ジェームズも部屋を出る。
セレスは、母親の隣に座ってぴったりくっつく。
.......あんなこと言っても、怖いものは怖いらしい。
そういう俺も、少し離れたところへ腰を下ろす。




