第三百六十四話 恋愛裁判
「は.....?」
アレスの間の抜けた声が、修練場にこだまする。
俺は魔術を解き、悪辣な顔を浮かべる。
「.....俺は負けたが、アンブレラが俺に婚姻を打診したという事実は消えない!!貴族のメンツと、くだらん雑草騎士のプライド....どっちをとるんだ?」
.......大丈夫だよな?俺、縛り首なんて嫌だぞ。
「貴様......!!!!騎士の矜持を愚弄するのか!!!!」
アレスはブチギレて、俺に掴みかかる。....これで、不自然な手加減への違和感も覆い隠せるだろう。
そんなとき、セレスパパの声が響き渡る。
「もうよせ」
その声は短いものであったが、アレスの動きを静止させる。
「しかし.......ジェームズ様!!!」
しかし、アレスは食い下がる。
「......違う。【主人公】君とセレスに言ったのだ..」
「【主人公】さんと、セレス様に!?.......話が見えてきません」
尚も不服そうなアレスを見て、ジェームズが続ける。
「......セレス、【主人公】君、この茶番についてこの場にいる者へ説明してやれ」
そう言ってセレスパパは威厳たっぷりにいう。.....セレスママとゴームズ、そしてアレスは口をあんぐり開けて呆然としている。
......なるほど、お見通しってわけね....まあ、親だもんな....気がつくか。
そうして、観念して俺が口を開こうとするが、それに被せるようにセレスが口を開く。
「すべて私が悪いんです!!!.....アレスの気が引きたくて...先せ、【主人公】さんに求婚するフリをして、それで.....大ごとになって、どうしようかと思っていたら、彼が.....協力してくれるって言ってくださって....あ、ちがう!ちがいます!!私が無理やり命令して.....その、ここまでの作戦も全部、私が一人で考えて....」
セレスは目に涙を浮かべるも、しかし泣くことはなく、しどろもどろになりながらも言葉を紡いでいく。
それを、四人は四者四様といった様子の反応を見せる。
眉ひとつ動かさず、冷静にしているセレスパパ...しかし、冷や汗をかいている様子を見るに相当衝撃なのだろう。
セレスママは扇で口元を隠しながらも、目は呆然と見開かれている。
ゴームズは驚き半分、狼狽半分といった様子だ。
そして、アレスは驚愕に支配されながらも、顔を真っ赤にしている。.....まあ、実質的に告白されてるようなもんだしな.....
セレスはなおも続ける。
「だ、だから.....その、私は修道院でもどこへでも行き罰を受けるので、アレスと先生は....!!!」
そこまで言ってセレスは泣き出してしまう。
そうして、アレスは一瞬....ためらったのち彼女の肩を抱き、ジェームズへ向かって口を開く。
「...........全ては、セレス様の真意を見抜けなかった私の落ち度にございます。それに.....元はと言えば、賊にセレス様の身柄を奪われてしまった護衛騎士としての実力不足が全ての原因でございます!!!私の騎士籍剥奪をもってこの件に終止符を!!!」
「アレス.....」
セレスは泣きながらもアレスを見つめる。
ジェームズはとんでもなく難しい顔をしている。なんとか威厳を保ってはいるが、このお家騒動をどうしたものかと頭を巡らせているのだろう。俺には理解できないことではあるが、貴族のメンツとは、それほどまでに重要なものなのだろう....まあ、開拓地の二代目....しかもお隣があのウォレスともなれば、政治的な立場は複雑だろう....あの強欲豚に付け入る隙を与えることは避けたいだろう....それこそ、セレスを強引に嫁に取られるかもしれない。....そうなれば、アンブレラは近い将来寄子として取り込まれる。....綺麗事だけでは国は回らないんだ。
........ただ、誰も悪くないんだ。
セレスも、アレスも.....ジェームズも、この場にいる全員が自分ではない誰かのために頭を巡らせている。
俺はここで、ひとつアイデアを思いつく。
「.........ジェームズ様、そういえば....船上の件の褒賞を頂いておりません」
「き、君は何を言って.....」
ジェームズは見るからに狼狽している。
「....それに関しては、一切の金品を要求することはいたしません......代わりに....」
俺はそのまま、ジェームズの方へ近づき......
バチン!!!
ジェームズの頬に平手打ちをかます。
「.....!!!!」
「先生!!!!」
「【主人公】さん!!!」
「代わりに、この後俺に言い渡される判決に恩赦をいただきたい」
これで、俺への婚約を取り下げる『公的』な理由ができた。
「....はっはっはっ!!!!.....なるほど、素晴らしい男だ!!!そうか....ああ、おい、アレス!!この無礼者を捕え、連行しろ!!!」
「しょ、承知しました!!!」
そうして俺は、独房....ではなくジェームズの執務室へと連行される。
十分もしないうちに、そこには先ほどの面子に加え、法務官のような眼鏡をかけたおじさんが部屋に勢揃いする。
そうして、法務官が重々しく口を開く。
「......被告人【主人公】、貴殿へ...アンブレラ子爵様に対し、暴行を加えた罪で懲役十年に加え、棒叩きの刑を宣告する。.....しかし、貴殿の戦功に免じて恩赦を授与するものとする。....以上だ」
そうして、法務官のおじさんは一礼し、去っていく。あれだな....スピード裁判だな。日本...というか近代の法治国家ならありえないスピードではあるが....これが貴族政治の国家というわけか.....昔水ダウで見たバイキングの小◯が財布を盗んで、死刑になる回のあのスピード裁判を思い出して不覚にも笑いそうになる。
.....日も傾きもう夕方だ。
というわけで、一件落着という感じだが.....まだ、エンドロールが残っている。
俺の前では、顔と目を真っ赤にしたセレスと、顔をリンゴみたいに真っ赤にしたアレスが向かい合っている。
ここまで骨を折ったんだ、最後の一番綺麗なところはぜひ特等席で見物させていただくとしよう。




