第三百五十二話 幽鬼が如く
私は現在、養殖場のある通りに面した木こり小屋のなかで養殖場を見張っております。
ソーの独房を後にした直後にベルボーイ殿の発案で刑務所を監視しています。
朝方にこの小屋に入ってから、既にかなりの時間が経過していることでしょう。外は暗闇に包まれ、灯りも消えている。
「.......リイ、刑務所の方に動きは?」
「物音は一切致しません...」
「.....看守には日没と同時に通常体制の警備に戻ったように見せかけるように伝えてある、手足足枷は外していないものの、看守は奴の目の前からは消え小窓を通して定期的に中を見張っている。このまま数日間奴を捕え、『ドア男』の被害者がでなければあいつがクロだ.....もう遺体の在処なんて関係ねえ、領主様に直談判して即日縛り首だ!」
私はかつての己や同胞の官吏の姿を重ね合わせます。
「......この世界の役人の方は皆さんご自身のことのみを考えてらっしゃると考えておりましたが.....あなたのような御仁もいらっしゃるのですね」
「.....俺だって、自分のことしか考えちゃいねえよ。ただし、俺はその自分の定義が広いんだ...ガキの頃から...ってわけじゃねえが、人生の大半を過ごしたこの街は、もう俺の一部さ.....だからこそ、許せねえ、俺の街で悪さをする害虫どもが」
「.....素晴らしい心構えです」
「......英雄に褒められるっつうのはこんな気分なのか、騎士に憧れるガキの気持ちがよくわかる」
「私はそのような大層な男ではございませんよ、私は英雄譚の舞台装置に過ぎませんので」
そうだ。私は、【主人公】という英雄譚に登場するただの小道具の一つだ。
「......!!!」
そんな時、私の聴覚が異常を察知する。
「どうした?」
「.....刑務所の方角から尋常ではない声がいたします.........看守の方々が騒いでいる様子です」
「行くぞ、リイ!!」
「承知」
それから、私たちはソーの独房へと駆けつけます。
「....これはっ!!」
「おいっ!しっかり見張ってたんだろうな!!!!」
「もちろんです!!私たちが三人体制でほとんど目を離すことなく見張っておりました....外したとしてもほんの数十秒に満たない時間です」
「....どうなってやがる」
しかし、その独房.....本来ソーがいるべき場所には誰一人おりません。
ソーは看守が目を離したほんの数十秒の間に、看守の目を掻い潜り、この檻から逃亡してみせた。
.....そして、そこに残されたのは一切の傷跡も開錠の形跡すらもない枷。
狂気の殺人鬼は闇夜に消えた.....私たちの方が狂気に呑まれていたのではないかというほどに、忽然と