第三百四十七話 追憶
俺は朝日を一身に受けながら、貴族エリアへと向かう。
俺は商人エリアと貧民エリアの境にたどり着いた時に、野次馬の群れに出会った。
「......?騒がしいな.....」
そこには路地裏の一角を囲む野次馬がなにやら騒いでいる。
野次馬たちの声に耳を傾けると、明朝、娼婦が殺された現場だそうだ。現場には侵入禁止の張り紙と警備の憲兵が一人いるだけだ。そこから察するに、すでに現場検証なんかは終わっているということなのだろうか。
ここ数年巷を騒がせているという『ドア男』.....物騒だな。
ただ、俺はそれを横目にセレスの屋敷へと向かう。
守衛の騎士にセレスとの約束を告げ、セレスが俺を出迎える。
そうして、彼女が室内へ入るのを見届け、しばらくしてから屋敷へと入る。
このマナー....いちいちめんど臭いな......
セレスの部屋に通されるや否や、セレスは口を開く。
「それで、アレスの好きな人は分かりましたか?」
「残念な話なんだけど......」
俺に縋り付くように質問してくるセレスを見て沸いた悪戯心に従って俺は暗い表情を作る。
「えっ!?まさか........」
セレスの顔はみるみるうちに青ざめていく。
「.......ああ、そのまさかだ」
「そんな....先生、私...どうすれば......アレスにもう恋人がいたなんて.....もっと早く告白してれば.....」
セレスは涙目で後悔の言葉を吐き出す。
俺は流石に不憫になり、ネタバラシをする。
「.....アレスに恋人なんていないけど?」
「..............え?......先生、私を揶揄ったんですか?」
「俺は、恋人がいるなんて一言も言ってないけど?」
「もう!!やめてください!」
「ははは....ごめんごめん......まあでも、結婚の意思とかは薄いような感じがしたなあ...」
そう言って、俺はアレスが求婚を断り続けていることを彼女へ共有する。
「.....たしかに、アレスがお見合いをしたとかそんな話は聞いたことがないわ...あ、です」
「.....あとは、6年前にアレスが大怪我をしたという話を知ってますか?」
「6年前....?.....そんなこと、ありましたっけ....うーーん」
セレスは眉間に皺を寄せて記憶の海へ潜るものの、これといったものは見つからない様子だ。.......アテが外れたか
「6年前になにか....?」
「いえ....俺の見当違いのようです」
「あらそう.....他には何かあったかしら?」
「ええと..他は.....」
そうして、アレスが執拗にセレスの結婚相手にイチャモンをつけた話や『ドア男』の件などで、ここ数年忙しいという話なんかをする。
「まあ....アレスったら....そのようなことを....」
普段のお茶目な感じとは乖離したアレスにセレスはときめいているのか、顔には紅が差している。
「でも、このままじゃあ...アレスは貴方の護衛騎士のままその生涯を終えることになるでしょうけどね」
「....それは嫌よ!!先生!!次の作戦は?」
「.............」
どうしようか、とりあえず俺は引き続きアレスの過去を詮索するのが良いだろう。
その間に、セレスにも何か役割を与えたい。
......俺はかつてメルトとアンジーがしていた話を思い出す
『いい?アンジー、男なんてのはね単純な生き物なのよ...気がある子からボディータッチなんかをされたら顔を真っ赤にして動揺するの.....』
『なるほど!!じゃあ、私も...今度の飲み会でっ!!』
『た・だ・し.....あからさまなことはしてはダメ....酔ったふりをしたり、躓いたふりをしたり...自然にやるのがポイントよ』
『わ、わかりました!!!!.....これで【主人公】さんを....』
当時の俺はいったいなんの話をしているのかとチンプンカンプンだったが...今思えばあれは恋愛の指南だったのだろう。
........現に、アンジーと俺は恋人なわけだから、メルトのアドバイスは正しかったと言える。
本物の恋愛マスターはメルトではないかという疑念を抑え込みつつ、俺は偉そうにセレスへと講釈を垂れる。
「......ボディータッチですか、少々はしたないですが........わかりました!!先生!!!!」
セレスは真っ赤な顔のまま勇ましく宣言する。
そういうことで、セレスは侍女へ命じて厨房から空の酒瓶を持って来させ、アレスを呼び出すべく使いを出す。
その間に俺はアレスをよく知る人物を訪ねる、ということでセレスの勧めでアレスの上司を訪ねることにする。
俺たちは夕方に再度会うという約束をし、各々の行動を開始する。