第三百四十六話 水の滴る道
自己紹介を済ませた後、私はベルボーイ殿の案内でとある場所を訪れています。
そこは、この街の外れに存在する鯉の養殖場です。彼がおっしゃるには、ここで労働に従事するとが罪人の一人が起こした犯行と、今回の事件には類似点が多いとのことです。
「リイ....これから会う男はとんでもない危険人物だ。用心してくれ」
「危険人物とは....具体的には?」
「ああ、そいつの名は『家具職人』ソー....数年前に何人もの娼婦や憲兵、船乗りなんかを切り刻んだ野郎さ..........人をノコギリで切り刻んで、それを材料に家を建てようとしたイカれ殺人鬼だ」
人を何かに見立てて殺害する。『ドア男』の趣向とも一致します。私は未だ見ぬその男へ義憤を募らせながら、至極真っ当な疑問を呈します。
「お言葉ですが....刑務所に収監された男に犯罪は不可能では?」
「ごもっともな意見だ...でもよ、他の囚人が言うには、収監されてから、数年間深夜から明け方にかけて、ソーの房が妙に静かで、寝息一つ聞こえてこなくなるそうだ。......事件の起こった日も当然含まれる」
「.....それは妙ですね、話を聞く価値はあるやもしれません」
「ああ、アンタには、そいつから死んだ娼婦の香水の香りがしねえか確かめて欲しい。ここの看守には明朝の事件発覚以降、奴らを風呂に入れねえように言ってある」
「承知しました」
そうして、面会室に通された私たちの元へ、鎖に繋がれた下品な男が現れる。その男は頭頂部だけが禿げた長髪、以前に【主人公】さんがおっしゃっていた「落武者」のような髪型です。
ベルボーイ殿がソーと会話している間に、私は嗅覚を研ぎ澄ませます。....しかしするのは、汗の混じった体臭と、魚の生臭さ、朝食で出されたのであろうトマトのスープ......あとは、煙草と酒の匂いが少々.......この刑務所は禁酒という話ですが....それに、匂いも少し薄まってきている......しかし、香水の香りはしない。香水ほどの強い香りであれば、些細な量であっても私が気が付かないはずがない。
仕方がなく、私は二人の会話へと耳を傾ける。
「よお!ベルボーイ捜査官!それに初めて見る獣人!!」
「お前と仲良く挨拶を交わすつもりはない。これからする質問にだけ答えろ」
「おうおう、随分ツレねえじゃねえか....そんなに俺が嫌いか?」
「お前、『ドア男』について何か知らないか?」
「無視かよ........さあな、真面目にここの仕事に打ち込む俺には、俗世のことなんてちっともわからねえな!」
ソーは下品に舌を出し、こちらを挑発するかのような表情で答える。
「そうか、では....深夜になるとお前の棒から音が消えるという話を聞いたのだが、その件については?」
「しらねえな...そいつの耳がイカれてんじゃねえか?」
彼は再度、挑発するような顔で質問に答える。しかし....ほんの少し、動揺ですらない些細な揺らぎがあった。
「.....そうか、わかった......看守諸君、重罪人全員を房へ閉じ込めておけ。労務は軽犯罪者のみで行わせろ.......加えて、こいつの独房には交代制で常に人がいるようにしておけ」
そのように看守の方々に命を下し、私たちは刑務所を後にする。
馬車の中で、ベルボーイ殿は口を開く
「.....それで、香水の香りは?」
「残念ながら......」
「そうか....」
「しかし、酒の匂いがいたしました......酒は禁制、でしたよね?」
「.....ああ、奴にはまだ何かある」