第三百四十五話 上手
翌朝、俺は胸への痛みと共に眼を覚ます.....なんてことはなく。
鳥の囀りによって眼を覚ます。アレスの家のベッドは高級で、寝心地も最高だ。
先ほど、部屋を訪れた侍女の人によれば、間も無く朝食ということなので、俺は軽く身だしなみを整え、食堂へと向かう。
そこは大きなテーブルと椅子、そしてそこへ腰掛けるアレスの母がいた。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
昨日のお茶目な感じは鳴りを潜め、お上品なマダムといった様子だ。
「はい!....ところで、アレスさんは?」
「アレスならば日が昇る前には、お勤めのために出て行きましたよ」
騎士って結構ブラックなのだろうか........
「そうなんですか....騎士って大変なんですね」
「ここ数年、巷で物騒な事件が起こっているでしょう?....そのせいであの子ったら出突っ張りなのよ....」
「それは心配ですね....」
「そうなのよ、あの子ったら.....いつまでもこんなことばかりしていたら....婚期を逃してしまうわ!!」
そこなのかよ...
「た、たしかに.....でも、アレスさんも結構モテるんじゃないですか?」
俺は本来の目的を果たすべく情報収集を開始する。
「まあ...親バカかもしれないけれど、求婚の申し込みなんかは結構くるのよ......でも、あの子はそれを受けるどころか、手紙の封すら開けないのよ.....」
......やたら強情というか....封すら切らないってのはどうなんだ.....
「だから、私ったらアレスが貴方を連れて帰ってきた時は.......まさかって思ってしまって....」
「ははは....そんなんじゃないんで安心してください」
「そりゃあね....私もあの子が選んだ人なら歓迎したいのだけれど....後継ぎのいない家はお取り潰しにするっていう法律もあるし.....ねえ?」
へえ....そんなのあるんだ、まあ、あれか.....ちゃんとした跡取りを決めずに内乱なんておきたらたまったもんじゃないもんな....
そこで俺は昨晩のことを思い出す。
「......そういえば、変なことをお伺いするかもしれませんが.....アレスさんは大きな怪我をされたことはありますか?」
「怪我....?ああ!!あの包帯のことね!!....あの子ったら、もう6年も前だと言うのに........」
母親がすぐにピンとくるあたり、特別隠そうとはしていないのか.....?いや、でも...この人、ノックとかせずに息子の部屋に入るタイプだよな.....
「6年ですか....かなり大事なものなんですね」
「ところで、どうしてそんなことを?」
ここで正直に「セレスがアレスに告白したいから、その情報収集で!!」なんて聞くわけにもいかない
「じ、実は....」
俺が言いかけたところで、その口を塞がれる。
ギョッとして背後を見るとそこにはアレスが立っている。
「【主人公】さん、おはようございます....お客人を置いて、仕事へ出掛けてしまったことを心より謝罪いたします」
「い、いえ、俺のほうこそ急に泊まってしまって...」
「ところで、宿にいらっしゃったお仲間の方が貴方を探しておいででした、向かわれた方がよろしいのでは?」
何か緊急事態だろうか......
「どんな用事だと言っていましたか?」
「いえ.....仲間以外には口外できないと」
であれば、悪魔関連だろうか....
「なるほど...では、俺はこれで.....」
そうして俺はアレスに促されるまま、屋敷を出る。
そうして、貴族エリアを抜け、宿があるエリアまでたどり着く。
そこで義輝さんとばったり遭遇する。彼は露天に並ぶ刀を物色している。その様子は、緊急事態という感じではない
「あっ!!義輝さん!」
「【主人公】か.....少々酒臭いな」
「す、すいません!....ところで、なんか緊急事態って話ですけど....どうしましたか?」
「.........斯様な話は知らんな」
「......え?」
まだ義輝さんには知らされていないのだろうか.....
「ホワイトとも先ほどまで朝餉を共にしていたが、そのような話題はなかった.........その様子、謀られたようであるな」
「..............まじかぁ」
俺はアレスにうまいこと乗っけられてしまったようだ.......
だが....なるほど、それほどまでに触れられたくないのか......これはきっと突破口になる。
俺はそう確信し、今度はセレスのいる屋敷へと向かう。
今日も彼女と作戦会議の予定があるのだ。