第三百四十三話 血
ここでさらにもう一手だ。
「まあ、ここじゃあれなんで...どっかで食事でもしながら話しませんか?.....同僚になるかもしれない貴方のことも知りたいですし」
アレスは俺の瞳を見つめ、しばし考え込む。そうして、かろうじて口を開く。
「.....承知しました。.....ですが、この街の飲食店は夜はやっておりませんので....私の屋敷でも構いませんか?」
「問題ないですよ」
キャーー!!お家デートよ!!......じゃなくて、俺...殺されないよな?
そうして、アレスの案内で彼の屋敷へと向かう。....騎士ってのは金持ちなのだろうか、貴族のものではないにしろかなり大きな家だ。なんなら、使用人までいる。
「おかえりなさいませ、アレス様」
そんなことを言いながら、俺を出迎えるのは初老の女性だ。
「.....母上、侍女の真似事はよしてくれ。今日は客人もいるんだ」
ああ、お母様なのね.....この人の冗談好きはこの人の遺伝なのだろうか。なかなか愉快で楽しそうな家庭じゃないか......ちょっと羨ましいな。
「まあ!!ついに彼女を!!!.......なんだ、男の人なのね....って!!まさか貴方!!」
「違いますから」
思わず割って入ってしまう。
「あら、こんなにノっていただけると揶揄い甲斐があるわね」
彼女は舌を出して、茶目っ気たっぷりに微笑む。
「はあ....失礼しました。こちらです」
そうして、アレスの案内で彼の部屋に通される。
そこは、書斎とリビングが一体化したような部屋で、難しそうな本や、剣なんかがおいてある。
「手狭ですが、こちらにおかけください」
そうして、椅子へと座り、俺とアレスは向かい合う。
「.......酒と軽食を侍女が持って参りますので、それが届いてから本題に入るとしましょう」
そうして、
「失礼致します。アレス様」
そうして、今度は別の初老の女性が軽食と酒を運んでくる。今度は本物の侍女のようだ。
「ああ、ありがとう」
そうして、彼女が部屋を出た瞬間、アレスが口火を切る。
「....それで、どういったおつもりでしょうか?」
.....社交辞令も雑談も無しの、真っ向からの殴り合いをご所望か、いいじゃないか.....
「なんていうんですかね....俺って平民なんで、こんな機会滅多にないっていうか...」
「滅多にないだなんて....そのような理由でセレス様との婚姻を?」
ちょっと、怒ってるのか.....しかし、結構酒も進んでる。....にしても、この短時間でかなり飲んでるなこの人。
俺は酒と水を交互にちびちび飲みながら答える。
「貴族の婚姻なんて、もっと酷いものじゃないんですか?家の存続とか、交易のためとか....」
「それはそうですが.....」
「でしょう?.....貴方の方が、俺よりもそういう事情に詳しいのでは?」
「......ですが」
「ですが?」
「それでも、主人には少しでも幸せな暮らしをしてほしいと願うのが、従者の勤めでしょう」
忠誠心の塊なのか、まだ嘘をついているのか.....もっと探りを入れてみようか
「では、仮にこの件が破談になったとして、誰か適任者の候補はあるんですか?....貴族の婚約は早いと聞きますし、そろそろ適齢期では?それに、そんな時期に婚約が破談になったとは外聞もよろしくないのでは?」
「おっしゃる通りですが....それでも....」
ここで少々畳み掛けてみよう。
「.......そうですね、例えば...お隣の領地ののブッチ様とか?」
「とんでもない!!あのような強欲な豚など!!!」
強欲な豚って....まあ、完全に同意だが......
「たしかに....あの人はデブで最悪の性格をしてますが、お金持ちですよ?それも大陸屈指の....」
「ですが.....」
さらにもう一押し....
「じゃあ、俺の知り合いでクリス・ハートっていう使徒教の聖職者の友人がいて.....イケメンで、めっちゃいい人なんですよ....故郷にいた頃は『ハートの獅子』なんて呼ばれてたみたいで....」
クリスさんをウォレスと並べた上にこんなことに使うのは大変申し訳ないが.....しょうがない
「....し、しかし、異教徒の方との婚姻というのは....」
これでとどめだ!!
「じゃあ、ゴルドっていうイケメンで騎士をやってる男がいるんですけど.....大陸出身ですし、腕も立ちますし、なによりイケメンですし....」
そういえば、ゴルドって実家どこなんだろう。騎士の家柄の出身とは言ってたけど....なんてくだらないことを考えながら、アレスの様子を伺う。かなり酔いが進んでいるようだ。
「.....そうはおっしゃいましても」
ここまでの会話でわかったのは、セレスの結婚相手は誰でもいいというわけではないが....どういう相手かは定まっていないということ....いや、定まっていないというか、定まってはいるが言えないだけの可能性も....
徐々に迫っていくか...
「まあ、冗談ですよ。....結婚は冗談じゃないかもしれませんけど。にしても...アレスさんも意地悪ですよね...恋人がいらっしゃるだろうに、主の恋路に口を挟むなんて...」
そもそも、アレスに恋人なんかがいたら前提は破綻する。....ただ、さっきの彼の母のセリフを聞くに杞憂だとは思うが....
「それとこれとは話が違うでしょう.....それに、私に恋人はおりません」
「嘘はよくないですよ....そんなイケメンなのに、彼女いないわけないじゃないですか!」
「いえ....本当に私に恋人はおりません。母も言っていたでしょう?」
「でも、いい感じの人とか気になる人くらいいるんじゃないですか?」
「.......おりません」
なんだその間は.....
「なんですか、その間は〜」
酔っているふりをしてダル絡み作戦だ。俺はアレスの肩をツンツンする。
「いないものはいないのです」
彼はキッパリと言い切る。....怪しいが、初日はこんなもんか.....
「わかりました!じゃあ、この話は一旦終わりにして....普通に雑談しましょう!」
「.....かまいませんが」
そうして、俺はアレスに色々聞いてみる。彼の普段の仕事や、巷を騒がせる「ドア男」、エスポワルの悪口などなど.....。そんななか、彼がこれまで受けたであろう勲章や、恩寵品の剣なんかを触らせてもらう。大切そうなものだが、気前よく触らせてくれる。勲章を服の襟につけてくれたり、剣を抜いて振らせてくれたり。俺の厨二心が満たされていくのを感じる。
そんな時、勲章や剣に混じって汚い包帯が飾られていることに気がつく。それには土と変色した血液がついており、かなり古いものだとわかる。数日とか数ヶ月とかのレベルじゃないな.....それに、あの量の血....かなりの大怪我だ。
俺はそれを無意識に触ろうとする。
「これはなんで.....!!」
しかし、その手はアレスの払われることになる。パチンという音が静かな室内に響く。
「し、失礼しました!!」
アレスは俺にあわてて、取り繕い、謝罪をする。
「こちらこそ、そんな大切なものに触ろうとしちゃって、すいません....ところで、それはなんなんですか?」
「包帯です」
「いや..だから、なんでそれが勲章なんかと一緒に?」
「......お答えしかねます」
「どうしても?」
「.....どうしてもです」
「セレス様のお父様に、アレスさんにぶたれたって報告しても?」
「.............お好きになさればよろしい」
「.....しませんよそんなこと」
今日はこの辺で撤退すべきか、突っ込みすぎて怒らせてしまったり、勘繰られる可能性もある。
「っと、もう結構遅いですね....今日はこの辺で」
そう言って、俺は席を立つ。
しかし、アレスは俺を呼び止める。
「....お待ちを、貴方程の強者とはいえ、夜中に単独で、しかも酔った状態で出歩くのは危険です」
「....『ドア男』ですか?」
「ええ、本日は我が家の客室にお泊りください。ご友人方には私の方から、その旨をお伝えしておきますので」
「ご丁寧にありがとうございます」
そうして、俺は客間に通され、眠りにつく。.....念の為、ナイフを抱きながら。