第三百四十一話 うぉあいにー
屋敷の中は豪奢ではあるものの、武具や無骨な調度品が多く。
武人としての俺を気に入ったというセレスの父の気質が透けて見えた。
そんな中、アレスが語りかけてくる。
「...貴族の屋敷の中だというのに、もの怖じされてませんね」
「ええ、まあ....初めてではないので」
「なるほど....他の貴族の方からもお声が?」
アレスはそう言ってニヤリと笑う。
「.....勘弁してくださいよ」
「それは失礼いたしました」
アレスはわざとらしく謝罪する。.....こいつ、俺で遊んでやがる。.....だが、セレスへの忠誠心だけは本物なのだろう。先程、セレスとの交際の拒否を俺に頼んだ時の目だけは、歴戦の騎士そのものだった。
そうして、応接間へ通される。
しかし、アレスは入らない。
「アレスさんは?」
「私を含めて、誰も入れるなというご命令ですので」
「...なるほどね」
部屋の中は、洋風なドールハウスのような感じだ。可愛らしいテーブルや椅子、本棚といった家具がある。その中心には、これまたお人形みたいに可憐なセレスが座っている。俺がただの獣狩りだったら、彼女の騎士へとジョブチェンジしていただろう。
「よくぞいらっしゃいましたわ、おかけになってくださいませ」
慣れていないのであろう敬語で着席を促される。
「はい、失礼いたします」
そうして、俺は席へとつき、改めて彼女を見る、....かなり緊張しているな。これをフるというのは、少々というか、かなり心苦しいが.......しょうがない。
「このような素敵なお茶会に招いていただき、光栄です。俺みたいな平民では縁もありませんので....」
「ええ、これは先日の件のほんのお礼よ....ですわ」
「.....敬語じゃなくてもいいですよ、俺もあんま自信ないんで」
「...................そうするわ」
しばしの葛藤の後、先日の時の口調に戻る。
「まあ、それで...この素敵なお茶会を始める前に一つだけいいですか?」
酷なことではあるが、万が一、億が一だが....このお茶会でさらに気に入られる前にきっちりと釘を刺しておこう。それがお互いのためだ。
「....ええ、かまわないわ」
「俺は貴女と結婚するわけにはいかない」
「わかってるわよそんなこと」
そう軽くいってのける、セレスには先日のような動揺はない。
「あの.....フった俺がいうのもアレですけど.....なんか軽すぎやしませんか?」
俺のもっともな疑問に、セレスは頬を赤らめて答える。これまでみた中で最も赤い。どれぐらい赤いかというと、卓上にあるりんごと同じくらいだ。
「その、実は.....私、貴方じゃなくて、アレスが好きなの....それで、その.....」
ははあ....読めてきたぞ。
「俺へ求婚することで、アレスさんの気を引こうとしたと......」
「.....ええ、そうなるわ....貴方の心を弄んでしまったことを謝罪させて」
....こいつ、俺のこと当て馬にしやがったな。
「.....いえ、俺も恋人いるんで、どうやって断るか悩んでたところなんで、気にしないでください。....そうなると、先日のアレは迫真の演技ですね」
先日、船内での求婚を断った際の号泣。アレは本物だった。
「あれは、その....アレスったら酷いのよ!!私が貴方へ一惚れてしまったとアレスに言った時に、『それはそれは.....では、直接求婚なさっては?』なんて言って、眉一つ動かさないのよ!!!!それで、その...いざ求婚した時にもニヤニヤしてるだけだし.....それで、どうしたらいいかわからなくなっちゃって...」
たしかに、あの人なら言いそうだ。しかし、かなりモテそうだというのに鈍感なんだなあの人も....
「.....ははは、それでこんな大ごとになってしまった、と」
「ええ、父が思いの外乗り気になってしまって......」
「まあ、知り合いに貴族がいるんで...強引な婚姻をする心配はないけど....」
「......よかったわ」
そこで俺は言いようもない恥ずかしさを感じる。思えば、俺はひとまわりも年下な子の恋愛事情に利用された挙句、それを真に受けて、「俺がただの獣狩りだったら〜」だとか、「結婚しちゃうかも〜」とか考えて鼻の下伸ばしながら、必死に断り方を模索していたことになる。しかも仲間にまで相談して.......腹立ってきたな。
そうして、俺の目に映るのは、ほっと胸を撫で下ろすセレス。.......ちょっとくらい揶揄ってもバチは当たらないだろう。
「でもなあ....知り合いの貴族は帝都に住んでて、郵便代かかるしなあ.........俺もそろそろ定職に就きたいと思ってたしなあ....ここで就職して家庭を持つってのも悪くないかもなあ.....」
「えっ!?それは、その......」
「お父様は乗り気なんですよね?これ、俺が受け入れれば流石の貴女もNOと言えないんじゃない?」
「どういうことよ!!......わかったわ!!郵便代でも旅費でも何でも出すわ!!だから!!」
セレスは顔を真っ青にして捲し立てる。......やっぱ、貴族の子って揶揄いやすいな...
「ええ〜.....どうしよっかなあ」
「お願いだから!!」
涙目だ。流石にちょっと傷ついてしまったが、ここで一つ質問をしてみる。
「ところで、二人はどれくらいの付き合いなの?」
「そ、それは.....たしか、あの人が騎士として拝命したのが15の時で、それからだから.....6年かしら。それがなにか?」
セレスは尚も怪訝な表情だ。
「その6年間でセレスからのアプローチは?」
「.....してないわ。今回みたいなことが精一杯よ」
「なんで?」
「だって!もし、断られたら.....」
そう言いながら、セレスは目に涙を浮かべる。
「なるほどね.....じゃあさ、俺も手伝うから....アレスさんに告白しようよ」
「それは....!!!」
「じゃあ、よろしくね......マイハニー♡」
俺はわざとらしくウインクする。
「で、でも.....」
セレスは分かりやすく葛藤している。
「それに、そんな理由でこんな大事を招いたと分かれば、君だけじゃなく、アレスも酷い目に遭うかも.....たとえば、なんだろう.......磔、とか?」
「それは嫌よ!!!!」
とんでもない大声だ。テーブルの上のカップの水面が揺れる。
「じゃあ、どうしよっか?」
.......完全にNTRの竿役だよね。いや、まあ、やろうとしてるのは真逆なんだけどさ
「............................................わかったわ」
「よしきた!!!」
面白くなってきた。.....これまで数多のラブコメを読破してきた俺の恋愛偏差値はかなりのものだ。
え?....実技経験がほとんどないって?
...............うるせえよ
評価感謝!!!!