第三百三十八話 夢心地
私は鉛のように重い頭を無理やり起こし、外を見ます。
.....昨日は柄にも無く飲み過ぎてしまいました。
周囲は空が白み始めたばかりの早朝。
他の三人はまだ眠っていらっしゃるでしょう。
ではなぜ、私だけが目を覚ましたのか....それは昨晩通った色町から微かに聞こえる喧騒のためです。虎の獣人としての聴覚が、些細な喧騒であっても私に眠ることを許しません。
......昨晩、私と【主人公】さんに売春を持ちかけた娼婦.....彼女が生きるために必死にそれをしたということは重々承知しておりますが、我が友には恋人もいらっしゃいます。彼にはなるべく清いままであってほしい。そう思い、強い言葉を使ってしまいました。
そのようなことを反芻している間にも、昨晩の深酒によって水を吸った木綿のように重くなっていた頭は仮初の覚醒を果たします。
こうなってしまっては、もう起きるほかありません。
かといってすることもなく手持ち無沙汰....私はその喧騒の正体を探るべくフードを深く被り、外へと繰り出します。
その喧騒に近づくにつれ、鉄臭い香りが私の鼻腔を刺激します。
......野次馬もほとんどいない、その中心部を覗き込むと、そこには鎖骨から腹にかけてを扉のように切り裂かれた娼婦の死体があります。
周囲では「ドア男」や「またか」といった声が聞こえます。
状況などから察するに、気狂いの殺人者による快楽殺人の類でしょうか.......
私は仲間たちへ警告すべく、この光景を目へと焼き付け、踵を返します。
そんな私の肩を掴む者がいます。
「おい....そこの貴様、獣人だな?怪しい.....このような明朝になんのようだ?」
それは町の憲兵であろう中年の男。彼らは剣を抜刀し、私を犯人扱いしている。
.........自分の容姿が、周囲にどのような目を向けられるか、十分理解していたつもりでしたが.....少々、仲間たちからの扱いに慣れてしまったのでしょうか....迂闊でした。
観念して手を挙げて、降伏の意を示します。
そうして、私を拘束すべく手縄を取り出す憲兵たち...また、この虎の外見のせいで【主人公】さんにご迷惑を...
「待ちたまえベルボーイ、彼は私の友人だ」
そんな彼らを静止する声が響きます。
その男は長めの金髪が特徴的な男.....たしか、【主人公】さんが助けたご令嬢の護衛の騎士.....アレス殿と言いましたか....。
ベルボーイと呼ばれた憲兵のリーダー格であろう男は尚も食い下がります。
「ですが...アレス様!!」
「彼は船上での戦いで我々に加勢をした勇敢な戦士だ、彼への無礼は我ら騎士団への無礼とみなすぞ」
その彼の一言で、ベルボーイ殿は観念し、死体の検分へと戻ります。
「....感謝いたします」
「いえ、この街の恩人に無礼は働きかねます....ですが、なぜこのような時間にこのようなところに?」
「先程の憲兵の方々の声で目が覚めてしまいまして」
「なるほど....一切の物音を発さずに仕事をするよう指導しておきます」
彼は笑いながら、そのような冗談を飛ばします。冗談がお好きな方なのでしょうか。
「彼らとて己の職務に必死なのでしょう....私はこの容姿故、先程のような扱いにも慣れておりますので」
「お優しいお方だ...」
「身の程を弁えているだけにございます....それでは失礼」
そう言って私は、その場を去ろうとします。
しかし
「少々お待ちを.....」
そう言ってアレス殿が差し出してきたのは【主人公】さん宛のお茶会の招待状。
「.....こちらをお渡ししておきます」
「......承知しました。【主人公】さんへお渡ししておきます」
「では、リイ様...これにて」
そう言ってアレス殿はベルボーイ殿の方へ向けて歩きだします
それにしても....【主人公】さんは少々、いえ....かなり異性との付き合い方を見直すべきでしょう。
そんなとき、突風が私の鼻先を掠めます。
私は、その一瞬、死体の中心からフワリと香る柑橘の香水に嫌悪感を刺激されながら、今度こそ宿へと戻ります。
ちょちょ夢心地
マジで、某布団配信者とは何も関係ないです