第三百三十六話 有耶無耶
俺とリイは帰り道を歩く。
外はもう日が傾いている。あの店主親子とかなり話し込んでいたらしい。....にしても、客が俺たち以外いなかったってのも妙だな。それに、飲食店だというのに暗くなる頃には店を閉めると言っていた。まあ、日本でも稚内の方とかは夕方には店を閉めることが多いって話だし.....僻地というものはそうなのだろうか。
そういう事情もあってか、道はかなり暗い。1m先も満足に視認できないほどだ。
リイの五感だけを頼りにして宿へと帰る。
そうして歩いていると、リイが小さく「む」と呟くのが聞こえる。
「リイさん...どうしましたか?」
「いえ.....どうやら宿へ戻るには色街を通らなければいけないようで.....」
よくよく目を凝らしてみると、道の端には小さなランプを持った女性のような人影が等間隔に並んでいる。ここに、ホワイトさんがいたならば、「へえ、人間街灯か....殊勝な心構えじゃねえか」なんて茶化しただろうが、正直ちょっと怖い。こういうアングラな雰囲気はただのオタク高校生だった俺はどうにもなれない。
そんなとき、俺へと近づく人影がある。
「あら...そこのお方....私と一晩いかがかしら?」
俺へとその女が近づき、手を触れようとする。近づいてきたことで、女性の顔が露わになる。その女性は、ウェーブしたボブの黒髪に目の下のほくろと真っ赤な唇が特徴的な女性で、年齢はおそらく三十代、そこそこな美人だ。
ふわりの柑橘系の香水の香りが俺の鼻腔を刺激する。俺は静止の声を出そうとするも、驚いて声が出ない。
女性は艶やかな手つきで俺の肩に手を回そうとする
「それ以上、私の友人に近づかないでいただけますか?」
しかし、リイの氷のような静止の声がそれを許さない。
「あら...失礼」
そんなセリフを吐きながら、人影は俺を離れていく。
「リイさん、すいません....ああいうの馴れなくて...」
「いえ、馴れていないというのが、あなたの美徳ですので」
「ど、どうも....」
どういう意味かはよくわからないが、とりあえずお礼を言っておく。
そんなこんなで色街を抜け、宿へ至る。今日は四人で夕食をとりながら、作戦会議をするということでお土産にさっきの店で買った小籠包を準備し宿の部屋で待機する。
今日も今日とて俺の部屋で作戦会議だ。飲みすぎないように、ホワイトさんに釘刺しとかないとな.....
そんなこんなで日も完全に傾き、作戦会議が始まる。
「ほう.... 明の料理か」
「中華か....デリバリーでよく頼んだな」
まずは小籠包と酒を楽しみながら、今日の成果を話し合う。酒も先ほどの店購入したものだ。かなり度数が強いが、ホワイトさんのグラスはもう空だ。
「味が濃い!!酒に合うねえ......」
「故郷を思い出します....」
いつもはあまり酒を飲まないリイの酒の進みも心なしか早い.....
「ホワイトとリイに酔いが回る前に情報の交換を始めるぞ」
今日は珍しく義輝さんが音頭をとりながら、会議が始まる。
今回はエスポワルほど複雑な話ではない。帝国からアポステルへ向かうには、部族達が住むエリアを抜ける必要がある。そのためには、帝国を出国しなければならないわけだが、その手段をどうするか、というのが目下の課題だ。
しかし、拍子抜けであったようだが出国自体には戸籍や面倒な手続きはないそうだ。しかし、帝国領であるこの街と部族エリアとの国境に向かうまでには大きな渓谷があるそうで、そこを抜けるためには「機関車」に乗る必要があるそうだ。
世界最大の先進国、帝国の最新技術の結晶である「機関車」。魔力炉を動力源として動くこれは、乗車料金がとんでもなく高い上に、貴族や高位の騎士の推薦がなければ乗車できないそうだ。
まあ、この推薦は帝国内の貴族であれば誰でも良いそうで、コゼットの実家やブルーバード家へ手紙を出して推薦して貰えば解決するわけだ。金も足りている。しかし、時間がかかってしまう。それまでに「ピグマリオの日記」が悪魔に捕捉されかねないという問題もあるし、早いに越したことはない。ということで、何か他の手段を模索しながら、最悪はブルーバード家の推薦で機関車に乗るということで話がまとまった。
明日にでもリイさんがブルーバード家へ、入れ違いになる可能性を明記しながらも手紙を書いてくれるそうだ。これで、一安心....ということで本格的な飲み会が始まる。
酒はタイタニック号からいただいてきたものを含めかなりある。あとは小籠包と義輝さんが買ってきた鯉みたいな魚の唐揚げを肴に飲み会が始まる。なんでも鯉はこの辺の池で養殖されているらしい。ここらへんの海は港としての用途が大きく、その妨げになる可能性のある漁業は厳禁だとウォレス家からキツく言われているそうだ。ほんとに強欲だな...あのおっさん。
「にしてもよお....わざわざ唐揚げをチョイスするとは....かなり唐揚げが気に入ったらしいな」
「......かもな」
「素直じゃねえなあ!!」
「........黙れ」
「それにしても鯉の唐揚げとは....なかなかお目にかかれませんな」
そう言いながらリイは鯉の唐揚げを興味深そうに見つめる。
「たしかに....あんな綺麗な海があるのに漁業禁止ってちょっとひどいですよね...」
「あの強欲デブ....ちゃっかり自分の領地では漁業してるくせによお.....」
ウォレスの悪口やエスポワルの治安の酷さなんかを笑いながら、夜は深まっていく。
そんなとき、ふと、義輝さんが口を開く。それは闘技大会の話になった時のことだ。
「......そういえば、ホワイト...お前、私に何か謝罪することがあるのではないか?」
「.....さ、さあ?」
ホワイトさんは目に見えて動揺しながら、目をそらす。しかし、冷や汗ダラダラである。
「そうか、なら良いのだが......話は変わるが『ノウキン・バカケンシ』という剣士を知っているか?」
.....全然話変わってねえじゃねえか
「し、知らねえな....」
「さすがホワイト殿は命知らずですな....」
そう言いながらもリイは大層愉快そうにグラスを傾ける。
「ホワイトさん.....謝りましょうよ...........」
観念したのか、ホワイトさんは手を挙げながら口をひらこうとする。
「....ゔっ!!!」
「ホワイト.....!!」
「ホワイトさん!?....まさか.......!!!」
そのまま彼は俺の部屋の隅で蹲って何かを吐き出し始める。
........最悪だ。
そうして、俺とリイが後始末を行い、呆れた顔の義輝さんがホワイトさんを担いで部屋を出たことで飲み会は終わる。
リイが部屋を交換するかと申し出てくれたが、丁重にお断りした。
ちなみにホワイトさんには、翌朝出禁を言い渡した。