第三百話 THE IDIOT
選手控え室に入ることができるのは選手と一名のサポーターのみである。
リイとホワイトさんが不在のため問題はなかったが、この大会....やたら厳重だ。.....当然、街の顔となる闘技大会であるからある程度厳重な警備やルールが設定されるのは当然であるし、これが現代日本や三百年後であれば納得もしたのだが....生憎、今俺たちがいるのは治安最悪の時代だ。しかも、街で賭け事や麻薬が蔓延する街でこれほどまでに厳正なルールが設定されるのは不自然だ。.....とはいっても、まずは勝たないことには話は始まらない。俺は義輝さんが最高のパフォーマンスを発揮できるように彼をサポートするだけだ。......といっても試合中は手出しできないがね。
控え室の中は、一言で言えば「自由に出入りできる刑務所」であった。臭いし、暑いし、狭い。
そんな便所みたいな控室には先客がいた。
「......俺の対戦者かい?」
そう言って、俺たちを座ったまま見上げるのは壮年の男だ。身体中傷だらけで片目を眼帯で覆ったその男はいかにも剣闘士といった風貌だ。しかし、顔をむくみ、腹も少々出ている。御者の話通り、ここ数日は相当不摂生だったと見える。そいつはニヤニヤとしたいやらしい笑みで俺たちを見る。
「あなたがマリナーラさんですか?」
「ああ、俺がマリナーラだ.....そっちのヤマト風の色男が俺の対戦相手かい?」
「.......いかにも」
「へえ....みた感じなかなかの腕前って感じだな、まあ、俺には遠く及ばないがね」
そう彼が言った瞬間、義輝さんのこめかみに青筋が浮かび上がるのが見える。しかし、一瞬でいつもの仏頂面に戻る。
「...........幼稚な挑発に乗るほど未熟ではない」
「スカしてんね〜.....俺もそういうやつを何人も見てきた。んで、そういうやつの公衆の面前でボコボコにしてやるのが死ぬほど気持ち良いんだ。お前も小僧も俺がボコボコにして奴隷にしてやるよ.....まあ、今のうちに俺の靴でも舐めとくんだな」
俺は思ったことをそのまま口に出す。
「随分と敵対的ですね.....」
「そりゃあな....あんたらが参加しなけりゃ、俺は対戦相手不在の不戦勝になる予定だったんだ。それを大会直前になってよお......」
「剣闘士と聞いて少しは期待していたが、所詮は飼い犬か......。獣に狩られる前に首輪を付け直せ」
義輝さんはそんなことを言いながら、マリナーラの顔をみる。
「んだと.....!!」
マリナーラが激昂して剣に手をかけようとした瞬間、係員が部屋へと入ってくる。
「間も無く試合が開始する。各自、入場口へと行け」
「はっ!!!!俺がボコボコにしてやるから、謝罪の言葉でも考えとくんだな!!!」
そう吐き捨てると、マリナーラは俺たちにわざと肩をぶつけながら控え室から出ていく。
「.....では、私も行く」
「はい!!頑張ってください!!!」
「無論だ」
そうして、義輝さんは俺へと貴重品を預けるとマリナーラとは反対の入場口へ、俺は関係者用の観客席へ移動する。
しばらくした後、けたたましい銅鑼のような音が響いた後、闘技大会の開始が宣言される。どうやら、開会式自体は俺たちがエスポワルに到着した日には終わっていたそうだ。......ほんとに飛び入りだったんだな。
闘技場の中心部に立つのは拡声器のようなマジックアイテムを持った司会の男。
「レディースアンドジェントルメーン!!!とうとう年に一度のイカれた祭典の開幕だぜえ!!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」
会場には鼓膜が破れそうなほどの大歓声が響き渡る。
「OK.....ここで一回戦第一試合の最高にイカしたカードを発表するぜ!!!」
「東側ゲートから現れるのは、試される大地、北方からの刺客!!!ピッツ闘技場の絶対王者!!マリナーラだああああ!!!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」
そうして、観衆へ手を振りながら現れるのはマリナーラだ。さすが闘技場の花形という言葉通り、その姿はかなり堂に入っている。
「西側ゲートをご覧あれ!!!開会式直後に飛び入り参加!!!ヤマトから来た不死身の男!!『ノウキン・バカケンシ』だああああああああ!!!!」
.......そういえば、参加用紙とか諸々書いてたのホワイトさんだったな。あの人はブレないなあ......
義輝さんの方を見ると、顔こそいつもの表情を保ってはいるものの体が小刻みに震えているのが見える。あれはきっと、武者震いでも恐怖でもない.......俺は静かにホワイトさんの冥福を祈る。いや、まあ...ホワイトさんが悪いんだが....
IDIOT:愚か者
仮免の試験があって登校遅れました