第二百九十七話 THE EVE
それからの数日は何事もなく経過した。
リイとホワイトさんは一日中どこかへ出掛けており、顔を合わせることはなかったが、毎日残される置き手紙を見る限り、無事なのだろう。しかし、八百長の調査の方は芳しくないそうで、存在そのものは確定はしているものの、そのやり方までは掴めないそうだ。チャンプのアルカイドも厳重な警護に守られており、アルカイドを襲撃して拷問するということもできない。........拷問という手段を真っ先に思いついてしまった自分に驚きつつも、それをシェイクで流し込む。
そうして、とうとう大会の第一回戦前日となった。
最終的に八人の参加者がトーナメント形式で争っていくそうだ。
幸か不幸か、義輝さんとチャンプのアルカイドとは決勝戦まで当たることことはない。
ホワイトさんの見立てでは、アルカイドと直接対戦しない限りは何か細工をされるということはないだろうとのことだ。
リイとホワイトさんはこの日も宿には帰ってきていないため、俺と義輝さんは二人で最後の話し合いを行う。
この日ばかりは、義輝さんも酒を飲まない。俺もそれに合わせて酒の代わりにお茶を飲む。
俺たちの間には沈黙が流れるが、驚くことに少しも苦痛ではない。
「義輝さん、明日の試合、頑張ってくださいね!!」
「.........ああ」
「義輝さんは、凄いですね」
俺は思わずそんなことを言う。
「......なにがだ」
「明日は本番だって言うのに、少しも緊張しているように見えません」
「私は武士だ」
義輝さんはぶっきらぼうにそう言う。
「武士......」
俺はその言葉の意味がわかるのかわからないのか不思議な気分になる。
「ああ、私にとっては殺し合いなど日常茶飯事だ。どんなに強大な者であっても刀で切り裂けば屍となる」
「凄いですね....俺なんて、みんなの前で問題を解くだけでめっちゃ緊張したのに....」
俺はかつて、黒板の前で方程式を解かされたのを思い出す。
「私とて緊張はする.....ただ、それを表へ出せば本来の力を発揮する妨げとなり、敗北を招く。武士は死を恐れない、代わりに無様を晒し敗北することを恐れるのだ」
「俺には真似できそうにないです」
「.....私とて、刀で切り裂かれれば死ぬ」
義輝さんはそんなことを言いながら遠くを見る
「..........」
「ただ、安心しろ。たとえ神仏の振るう刃であっても私の命へは届かない」
そう言って義輝さんはニヤリと笑う。
「ええ、義輝さん....それに関しては俺も同感です」
「うむ.....そろそろ眠るか。【主人公】も明日は頼んだぞ」
「ええ、任せてください」
そうして俺たちはそれぞれの部屋へ戻り、眠りにつく
エスポワルの闘技場の前にある噴水広場。
そこに佇むのは、黒いスーツを着た男....ベガであった。
「ふう....あれからだいぶ聞き込みをしてるが.....『王冠』どころかダックマンの野郎を見たっつう奴もいねえな....明日は大会の開幕だってのに........あーあ、腹減った。昼飯時だからって休むわけにはいかねえよなあ.....俺がボスに殺されちまう」
そんなことをぼやきながらベガは、道を歩く。すると、ベガの体に軽い衝撃が走る。
「痛っ!」
ベガが目をやると、そこには魔術師風の若い男と大柄な男の二人組がいた。
「いや〜悪いね、ケガはないかい?」
飄々とした胡散臭い男がベガへ謝罪する。
「ああ、大丈夫だ。こっちこそ悪かったな」
そうして、二人組とベガは再び歩き出す。
するとベガの耳に二人の会話が聞こえてくる。
「いや〜....そういや、アヒル口の男と小僧がぶつかったのもここらへんだったよな」
ベガは一瞬にして、思考を切り替え二人の会話に耳を澄ます。
「ええ、ちょうど『ファンキーチキン』へ向かうところでしたな」
「ああ、にしても...あの小箱、いったいなんなのかねえ....」
「さあ?....大会が終わり次第詳しく調べてみましょう」
「ああ、小僧のやつ無くしてなきゃいいんだがな」
「【主人公】さんは几帳面な方です。杞憂でしょう」
「だな」
そうして、二人組は遠ざかっていく。
「ははは.....やっぱ俺はエスポワルで一番ツイてるな」
EVE:前夜祭